——NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』の放送に合わせて、書籍版も刊行されることになりました。高間さんはその番組プロデューサーであり、書籍版の著者でもありますが、まずはこの番組をつくった意図からお話しいただけますか。
高間 『ヒューマン』という番組をつくったことで(2012年放送)、生命史から人間を見てみるということではひとつの区切りがつけられたので、今度は内側から細胞レベルで見てみよう、ということをやってみたかったんです。
企画準備はかなり早い段階から進めていて、4K解像度のCGをつくり込むのにもたいへんな手間をかけました。この番組は山中伸弥教授と野田秀樹さんの対話で進んでいきますが、山中教授もCGを見て「こんな映像は見たことがありませんでした。ビックリしました。感動しました」と驚いていたくらいです。そういう映像によって、視聴者の皆さんにも“生の仕組み”というものを生々しく実感してもらえればいいなと思いますね。
——タイトルからしてそうですが、いかにも映像が楽しみな番組ですよね。それに対して書籍版のほうには、また違った意味合いがあるわけですか?
高間 今回の作業の中で再確認できたことですが、「映像だから伝えやすいこと」と「言葉だから伝えやすいこと」は、はっきりと分かれるものなんです。実をいうと今回は、本の中で終章として書いた部分をいちばんやりたいと思ってたんですが、番組では結局、その要素を入れるのをやめたんですね。
どういうことなのかを簡単に説明しますと……、母親が受けた不安によって、子どもの心は細胞レベルで変化するという話です。母親の栄養状態によって胎児の太りやすさなどの体質が変わるというのはなんとなくわかりますが、子どもを産む前、あるいは身籠る前に感じた不安によっても子どもの心は変わる、ということです。
たとえば、9・11同時多発テロ事件後に生まれた赤ちゃんの細胞内でコルチゾールというストレスホルモンの血中濃度がどうなっているかを調べた研究があり、そういう話を紹介しています。また、マウス実験では、母親になる前の雌マウスに対して、桜の香りを嗅がせながらいじめるということをやっていると、その後に受精させて生まれた子供には、桜の香りを嫌がるという結果が出ています。それはつまり、まだ子どもがお腹にいない段階での体験までが子どもに伝わるということですね。そのように心の領域の問題が細胞レベルの変化にまでつながるということに関しては個人的にものすごい衝撃を受けたんです。
たとえば不安なき世の中をつくろうと思えば、不安に強い人間が増えたほうがいいわけなのに、そういう人間は不安のない世の中でこそ生まれやすいということになってくる。その矛盾はすごいなと思い、個人的にはその部分の問題にハマっていきました。だけどそれは、映像としては非常に表現しにくい部分になります。そういうこともあって今回は、番組には組み込まずに本には入れるということにしたわけです。映像と本とでは、そういう棲み分けができたともいえそうです。
——番組は見ても本を読まないという人のほうが多いのかもしれませんが、できれば見るのも読むのも、どちらもしてほしいという感じでしょうか?
高間 そう……ですかね。そう言うと、宣伝っぽくなるので抵抗はありますけど(笑)。僕はもともと文学部の出身なので、「自分はテレビ番組をつくるより本を書きたい人間だったんだな」と、あらためて気がつきました。
番組には入れず書籍版だけに組み込んだ終章とは逆に、「映像ならでは」という部分もあります。たとえば今回の番組の中でも、胎盤のCG映像を紹介していますが、それを見た人はみんな、「これ何? 夜桜」と驚くほど、胎盤のなかの風景は樹木の繁る風景に近いんです。それは、地上の植物が空気中に枝葉を伸ばして二酸化炭素を受け取り光を受けようとする行為と、赤ちゃんが母親の血液から酸素と栄養をもらおうとする行為は似ているからなんだと思います。そういうことは映像を見てこそ理解できます。
テレビと出版を同時に行なう手法は初めてではないし、これまではあくまでテレビ制作者として、出版で情報を整理して番組の内容をさらによくしたいという思いがありました。しかし今回は、文章と映像がそれぞれの力を発揮するフィールドがどれほど違うかということをあらためて勉強させてもらった気がします。
——番組制作も本の執筆も充実していたようですね。
高間 安請け合いして後悔した部分もあるんですけどね(笑)。原稿は「終章」から書き始めて、「これはいける」という手応えを感じていたんですが……。番組制作との兼ね合いもあって、そこから先がなかなか進められず、最後は締切に絶対間に合わないというほど追いつめられました。当初の締切設定は1月31日になっていましたが、なんとかしようと年末から頑張って、雑煮を食べた記憶もないくらいですから。 (次回4月5日掲載の後編へ続く)
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ヒューマン
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