——NHKスペシャル『人体 ミクロの大冒険』の放送が始まりました。今回は書籍版も出されているわけですが、書籍版における各章のポイントを教えていただけますか。
高間 第1章は「『私たちが生きている』ということ」というタイトルです。テレビ番組ではプロローグにあたる部分ですね。そもそも人間は高等生物といわれていますが、それは他の生命ができないことがいっぱいできるというわけではない気がします。腸の世界をみれば、生命にとって必要不可欠なことを腸内細菌という他の生物たちがずいぶんと肩代わりしてやってくれている、そのおかげで生まれた「余力」でほんのちょっと特別なことをしているというのが実情ではないでしょうか。地球が生まれて数億年経ってから生命が誕生し、その後の40億年の生命史のなかで単細胞の時代は32億年続いていました。ということはつまり、「無」から「1(単)」が生まれるより、「1(単)」が「多」になるほうがはるかに難しかったということです。その「多」がどうやって「個人」をつくっているかを考えることで、生きている本質が見えるのではないかということをテーマにしています。
第2章は「成長とは何か」。番組では第1回にあたります(プロローグが第1回の放送なので、実質的な第2回の放送)。細胞の世界から見ていくと、人間も他の生物も変わらず、子供を産めるようにしちゃえば、そこで話は終わりになります。しかし、多くの生物があっという間に子供が産めるようにするのに対して、人間は大人になるまでにものすごい時間をかけている。それはなぜかというと、脳が大きく、脳を成長させるために大変なエネルギーを投入しなといけないので、体のほうが犠牲になって成長が遅れるからです。脳が成長できた瞬間に一気にそれまでの埋め合わせをするのが思春期ですね。人間の成り立ちのなかでいちばん特徴的なのは巨大な脳をどう育てるかということ。その秘密を探ろうというのがこの章で、人間がいちばん大事にしているものがここから見えてくるはずです。
——そのあたりが核心になりそうですね。
高間 そうですね。それで第3章は「あなたを変身させる“魔法の薬”」ということで、ホルモンの話。番組では第2回にあたる部分です。人間がどう変化していくかというと難しい話になりますが、カリブ海のラス・サリーナスという村で女性として生まれていながら10代のうちに男性に変身した人のことなども紹介しています。射精できる、排卵できるというだけで人間は親にはなれません。そのために必要になる人間の成熟と人間関係の構築といった部分までを扱っています。
——山中伸弥教授はホルモンや免疫にも詳しいのですか?
高間 専門はやはり細胞なので別の先生にも来ていただきましたが、山中教授はどんな分野に関しても詳しいですね。専門外のことは言葉を選びながら話してくれましたし、細胞に関しては「細胞さん」と呼ぶなどしてその愛情の深さがよく感じられました。答えに詰まったのは一度だけです。第2回のゲストである松嶋尚美さんが「おっぱいを大きくするにはどうしたらいいんですか?」と質問したとき、「それはわからないです」と困っていたんです(笑)。それ以外は山中教授の知識の広さに驚かされる日々でしたね。
——その次にくる書籍版の第4章はどのような感じですか?
高間 第4章は「老いと死 宿命の戦い」ということで、番組の第3回(最終回)です。スタジオゲストの阿川佐和子さんは、不老長寿なんて荒唐無稽でアンチエイジングにも反対だと話していましたが、不老長寿は人類の究極の夢のようでもあり、望むべくもない夢物語のようでもあります。人間は老化と死は不可避なことだいう前提のもとで文明をつくってきましたが、最近になって、ひょっとしたら可能かもしれないという“悪魔のささやき”のような言葉も聞かれるようになってきました。
この章の最初には、あと数十年あれば人の寿命を1000歳にできると主張しているシリコンバレーの変わった研究者のことも登場していますが、もし人間が1000年生きることになると、社会そのものが変わります。たとえば50歳の人を殺したとすれば、その人から950年分の人生を奪うことになるんですからね。ただ、どんな未来になっても、老いと死は厳然たる宿命なのかもしれません。私たちはずっと迷ったり、ためらいながら、どんな未来を望むのかということに向き合わなければいけないのでしょうね。
——そして終章は、前回のインタビューで話が出たように“裏テーマのような内容”になっているんでしょうか?
高間 はい。終章のタイトルは「もうひとつのエピジェネティクス」といいます。エピジェネティクスに関しては、DNAの構造を変えることなく機能を変える仕組みと説明されることが多いんですが、その説明だけでは理解しにくいはずです。第1章でもエピジェネティクスについて書いていますし、この言葉の持つ意味を考えていくことに全体の醍醐味が詰まっている気はします。番組には入れられなかった部分であり、本の中では、導入部分に入れようかと思いましたが、迷った末に最後に置きました。近い将来、このテーマを扱う番組もやりたいし、問題提起のような章ですね。
——視聴者、読者にはそれぞれ何を感じてほしいですか?
高間 番組の中には間違いなく“見たことがない映像”があります。テレビでそういうものを見せられる機会は減ってますが、未知の領域の映像を見られるのは楽しいじゃないですか。今回は「初めて見る」ということにこだわりましたので、その醍醐味を味わってほしいですね。ダイオウイカのプロジェクトに関しても、最初は局内にも「いくら大きいといってもイカだろ」といった疑問の声もあったのは事実です。でも、実際に映像が撮れると、初めてそれを目にしたときのインパクトはすごかった。それと同じです。
また、これまで人間の本質を知ろうとする探求は、哲学者などによる孤独な戦いによって切り開かれ、私たち一般人はその成果を還元してもらってきたんだと思います。しかし、映像を通して知り、映像の助けを借りて考えるという方法があれば、普通の人もその探求に加わることができると思います。垣根はずっと低くなるんです。そして、そうした探求に一度加わってしまえば、次第に映像の助けもいらなくなっていくでしょう。これまで「知の巨人」と呼ばれるような一部の人にしかできなかった探求に、誰でも広く参加できるようになっているのだということを、本を読んだ人には感じてほしいですね。
番組のスタジオ対談でも、山中教授という巨人に対して、細胞についてはまったくのシロウトがツッコミを入れていました。多くの人が知の探求や議論に参加できる時代になってきた、それを感じてもらえれば嬉しいです。
僕にしても、番組制作を進めていた初期段階では赤血球の話をしていれば、ご機嫌な時期もあって「赤血球野郎」と呼ばれていたくらいだったんですが(笑)、どんどん難しいことまでを踏み込んで考えていくようになりました。それとともに、映像よりも言葉のほうが伝えやすい部分が増えていったわけです。その結晶が書籍版ということなのかもしれませんね。
(ご愛読ありがとうございました!)
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