僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた【前編】

今や大手コンビニのマスコットにもなり、国民的バーチャル・アイドルともいえる初音ミク。ボーカロイドである彼女が誕生した2007年に、ある大きな潮流が起こり始めていたことを、みなさんは気づいていたでしょうか。人気音楽ライターの柴那典(しばとものり)さんが、ボカロPやメーカーなどの関係者への綿密な取材をもとに『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』を上梓しました。来週4/3の発売に先駆け、その一部を先行公開いたします。序章は、なぜ初音ミクが1960年代のムーブメント「サマー・オブ・ラブ」とつながっているのか、その見立てを明かします。

新しい「幕開け」がそこにあった

 二〇〇七年は、時代の転機となる年だった。

 少なくとも、日本の音楽カルチャーについては、間違いなくそうだった。そしてそれは、単なるブームや流行ではなく、ポップカルチャー全般や、暮らしや、社会のあり方や、人々の価値観の変化と結びつくものだった。

 この本では、そういうことについて、書こうと思う。時代の転換点にあった熱気について、そして、それがどういうところから生まれて、どういうところに向かっていくのかを、書き記しておこうと思う。

 初音ミク。

 この本で時代の象徴として取り上げているキャラクターが登場したのが、二〇〇七年の夏のこと。そのパッケージに描かれていた緑色の髪のツインテールの少女は、インターネットを舞台に生まれた新しいカルチャーのアイコンになった。

 発売から瞬く間にブームは広まった。

 歌声合成ソフトウェア、つまりはコンピュータに歌わせることのできる「VOCALOID」技術を用いたソフトとして発売された初音ミク。最初は誰もが単なるオモチャのように思っていた。ネギを振らせてみたり、カバー曲を歌わせてみたり。一発ネタのようなキャラクターソングも多かった。しかし、数ヶ月もしないうちに、完成度の高い楽曲が次々とネット上に登場する。様々なバリエーションやジャンルの楽曲が投稿され、曲の作り手は、いつしか「ボカロP」と呼ばれるようになっていく。

 音楽だけじゃない。ニコニコ動画を舞台に、イラストや動画など様々なフィールドの表現が生まれていった。ソフトウェアが発売された時に、最初に提示されたのは、三枚のイラストと、「年齢16歳、身長158cm、体重42kg、得意なジャンルはアイドルポップスとダンス系ポップス」というシンプルな設定のみ。だからこそ、ユーザーの想像力が自由にキャラクターを育てていった。

 クリエイターによる創作は相乗効果を呼びながら大きくなっていった。誰かが初音ミクで作った楽曲を公開すると、それにインスパイアされた別のユーザーが曲をアレンジしたり、イラストを描いたりする。歌ってみたり、踊ってみたり、動画をつけてみたり、歌詞を深読みした物語を書いてみたり。互いに引用しながら派生していく創作の連鎖が起こっていた。

 二一世紀のインターネットに、誰もがクリエイターとして名乗りを上げることができる場が登場した。プロフェッショナルな作り手ではなく、アマチュアのクリエイターによって作成された様々なコンテンツが、当たり前のように消費されるようになった。ネットを介して作り手同士の繋がりも生まれた。新しい文化が花開き、フィールドを超えたコラボレーションも次々と生み出された。

 言ってしまえば、それは「一億総クリエイター」時代への大きな入り口だった。そんな現象を説明すべく、「CGM(消費者生成メディア)」や「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」という言葉も生まれた。

 アニメやオタクカルチャーとの関わりや「萌え」というキーワードで語られることも多かったボーカロイドのシーンだが、初音ミクは、あくまでDTM(デスクトップミュージック)、つまりコンピュータを使って音楽を制作するためのソフトウェアである。その核にあったのはメロディと歌声だった。

 〇〇年代には、ワクワクするような、新しい幕開けの時代があった。新しい文化が生まれる場所の真ん中に、インターネットと音楽があった。今となっては、沢山の人がそのことを知っている。多くの人たちがそのことについて語っている。

 この本は、それをもう一度、ロックやテクノやヒップホップ、つまりは二〇世紀のポピュラー音楽の歴史にちゃんと繋げることを意図したものである。初音ミクは、六〇年代から脈々と続いてきたポップミュージックとコンピュータの進化の末に、必然的に生まれたものだった。そういうことを語っていこうと思う。

「誰が音楽を殺したのか?」の犯人探しが行われていた二〇〇七年

 しかし、実は〇〇年代後半の日本の音楽シーンには、そんなワクワクするようなムードは存在しなかった。そこに漂っていた雰囲気は、新しい幕開けとは、ほど遠いものだった。僕自身は九〇年代末からロックやポップミュージックを中心に扱うメジャーな音楽雑誌やウェブメディアで仕事を続けてきた人間だ。なので、その時の音楽業界のムードはよく覚えている。

 音楽が売れない。

 〇〇年代の一〇年間は、そんな悲観論ばかりが繰り返された時代だった。

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この連載について

初音ミクとサード・サマー・オブ・ラブの時代

柴那典

今や大手コンビニのマスコットにもなり、国民的バーチャル・アイドルともいえる初音ミク。ボーカロイドである彼女が誕生した2007年に、ある大きな潮流が起こり始めていたことを、みなさんは気づいていたでしょうか。人気音楽ライターの柴那典(しば...もっと読む

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コメント

z_n_c_890_P おはようございます、そういえばここ数日のボカロ衰退論、柴那典氏が著書でも想定していた「サード・サマーオブラブの終焉」ではないかと…文化としては根付きつつあるから…むしろここからが本番かも https://t.co/tNFpauL4zs 2年弱前 replyretweetfavorite

anamitsu インターネットは、音楽を殺さなかった→ 約3年前 replyretweetfavorite

canzou とっても面白い。 約3年前 replyretweetfavorite

straywalker 柴さんの本の序章読んだ。ブログでずっと言及してきたことのまとめ的なものなのかな?kindleでほしいんですが: 約3年前 replyretweetfavorite