アポロの歌(手塚治虫)前編

今回扱う作品は、手塚治虫の『アポロの歌』(講談社)。手塚治虫が「性」を題材にして書いたと言われるこの作品は、全体に重く暗い雰囲気が漂っています。そこには、連載を開始した70年の初頭の時代背景が大きく影響していました。そんな時代に手塚治虫は「性」を通してなにを訴えようとしたのか。前中後編でお届けします。

2000年代に欧米でも評価された手塚作品

 手塚治虫の『アポロの歌』の英訳が2007年に初めて出版されたとき、ニューズウィーク所属の批評家マルコム・ジョーンズは、手塚治虫の現代的な意義について同誌にまとまったコラムを書いた。「彼の死からほぼ20年たって、ようやく私たちが彼の業績に追いついたということは、彼の芸術的特異性の指標となっている」と。また「『アポロの歌』は現在まで西側諸国で出版されずにいてよかったかもしれない。これが発表当時に出て来ていたら、確実に無視されるか単に拒絶されただろう。しかしこの四半世紀の間に、このような作品に対する批評界の対応は完全に逆転した」とも評した。その上で彼はこの作品を「風変わりな傑作」とした。

アポロの歌 (手塚治虫文庫全集 BT 96)
アポロの歌 (手塚治虫文庫全集 BT 96)

 この作品が欧米の視点から風変わりに見えるのは、目をぱっちり描いた子ども向けのキャラクターで性と暴力が描かれているからだ。しかし、現在なお欧米からも注目に値するとされ、傑作として評価された理由はそれとは関係ない。あくまで漫画としての作画性やストーリー構成、人間の「性」というものの本質に迫るテーマ性にある。西洋世界と同様、この作品の再評価は現代の日本にも当てはまる。現代の日本人がこの作品を読み返しても、依然、独特のインパクトを持つからだ。手塚治の最高傑作との定評は得られないとしても、芸術家としての彼のもっとも深い一面を描き出していることは疑えない。

 人間の「性」をテーマとしたこの物語は、異様で強烈なある光景描写から始まる。同じ顔をした無数の裸体の男たちが洪水のように巨大な洞穴に走って行く光景である。そしてその一人が仁王立ちし、読者を指さして語る。「諸君! われわれ五億の仲間はたったひとりの女王をめざしてこれから命をかけた競技をはじめる! 運よく女王にめぐり合ったただひとりの者以外はすべて死ぬのだ! 五億分の一の賭けだぞ では、スタート!」

 4ページ後に裸身の女王が現れ、群衆の中の男の一人が彼女にしがみつく。そのとたん、男に生えていた尻尾のようなものが「ポロリ」と落ち、女王と男は融合し天空に燦然と輝く巨大な玉となる。同時に他の5億の男たちは闇の中で死に絶える。その光景は原爆の一瞬を連想させる。

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