自由」についての話をしよう

マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』という本がブームになったことは記憶に新しいのではないでしょうか。なぜアメリカでこの本が流行したのか——その理由を遡ると見えてくるのは社会の美徳としての「自殺」。めろんさんは、ここにK君の自殺との関連性が見えてくるといいます。

サンデル教授が流行った理由

 コミュニティの話を少しだけ続けていいでしょうか。
 大きな意味でのコミュニティ、つまり「社会」についてです。
 正直に言うと、僕は社会問題には関心が薄いほうなんです。Kもそういう人間でした。
 だから恐らく、彼は自分の死を社会問題にされることを拒むでしょう。
 しかし、彼の死の何割程度かには社会の問題が含まれていたのではないかと思うのです。

 少し前に『これからの「正義」の話をしよう』という本がブームになりました。
 この著者のマイケル・サンデル教授は共同体主義者(コミュニタリアン)ですが、彼らが想像するコミュニティとは家庭や労働組合や政府という、ある理念のもとにある集団です。共同体主義者はそれらのコミュニティの影響によって、個人のアイデンティティが確立されると考える人たちです。

 では、どうしてアメリカでサンデル教授が流行したのでしょうか。
 それはアメリカに蔓延した新自由主義(ネオリベラリズム)という思想の行き詰まりが原因であると、多くの人は分析しています。
 新自由主義というからには、自由主義があったわけですが、その源流は17〜19世紀にかけてアダム・スミスやジョン・ロック、ジョン・スチュアート・ミルといった思想家に遡ります。
 自由主義(リベラリズム)は、古典的自由主義とも言われ、社会や個人の自由を認めて、政府の介入を最小限にするという考え方です。今では当たり前のように思える主張ですが、中世の絶対王政下では個人や社会の自由の幅は非常に狭いものだったのです。
 この古典的自由主義はミルの時代に失敗しています。
 アダム・スミスによれば、自由経済のもとでは、人々が勝手にふるまってもそれぞれ調整しあって、結局うまくいくという話でした。教科書でも習った「神の見えざる手」というやつです。
 しかし、現実にはどうしても極端な貧富の差を生んでしまうのです。
 新自由主義は、自由主義を一部で認めつつも、この貧富の差をなんとかしようという考え方です(ここでは話を単純化しているので、興味あればぜひ調べてください)。
 しかし、現在のアメリカや日本の状況を見てもわかりますが、やっぱりものすごい金持ちとものすごい貧乏人に二極化してしまっています。
 じゃあどうしよう、といったところで明確な解決がない —ものすごく簡単に言えば、それが今の世の中です。

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海猫沢めろん

年間3万人前後もの人が自ら死を選ぶ自殺大国・日本。ゆたかな国にも関わらず、根強くはびこっている閉塞感と生きにくさ。海猫沢めろんさんの友人・K君は、そんな閉塞感から自由になるために自殺を選択しました。めろんさんが、K君に、そして彼とおな...もっと読む

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コメント

nevehell  道徳と倫理を擦り合わせるところに、そのときどきに現れる答え、それが美徳です。 4年以上前 replyretweetfavorite

consaba #life954 #genron 4年以上前 replyretweetfavorite