フィギュア・八木沼純子の味気ない解説の味わい

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ、ふとした瞬間に感じる違和感。その違和感を問いただすのが「ワダアキ考 ~テレビの中のわだかまり~」です。毎週その違和感を生み出すひとりの人物にスポットを当て、その違和感の元を探ります。第1回は元スケーターの八木沼純子。日本中が注目したソチ五輪フィギュアスケートでの解説、あなたは何を感じましたか?

トリプルフリップ、ダブルループ、ダブルループ


「あなたの性格を一言で表すと?」と面接官から質問が飛ぶ。隣の隣は「忍耐です」と答え、隣は「天真爛漫です」と答える。無難なヤツらめ。次は自分の番だ。「はい、私の性格を一言で表すと、ダブルトゥループです」。面接官が、こいつなかなかやるな、という顔を向けてくる。主導権を握った自分は続ける。「前向きに滑り、踏み切る前に向きを後ろに変えて、右足の外側のエッジで踏み切る。そして、踏み切りのとき左足のつま先を蹴るのがトゥループです。こうやって自分の前も後ろも左も右も全て使って、羽ばたいていきたいんです」。手元のチェック欄に「○」をつける面接官の姿が見える。

浅田真央の感涙の舞い、列島が感動に包まれた五輪を振り返る映像が繰り返し流される中で、じっと八木沼純子のことを考え直していた。解説の精度ではなく、八木沼が持つ、先生っぽさについてだ。その先生っぽさはひとまず女医っぽさでもいいし、面接官っぽさでもいい。つまり、不特定多数を相手にひとまず冷静でいる立場の人、の佇まい。彼女が競技者のジャンプに合わせて淡々と繰り返す「トリプルサルコー、ダブルトゥループ、ダブルループ」の声を前に、今となってはその意味をちっとも覚えちゃいない「サイン、コサイン、タンジェント」が頭をよぎる。生徒に媚びを売らない、淡々と授業を行う数学の女性教諭がいたっけな。

八木沼は桂由美のウェディングドレスを着ない

「逆バレンタイン」発言とエアギターで世の中の周波数を何かしら乱した町田樹、スタジオで「おっつー、おっつー、みんなおつかれさーん、焼肉行こうねー」とはしゃいだ織田信成、お気に入りのクマのプーさんをIOCの意向で会場に持ち込めなかった羽生結弦、佐村河内で舞った高橋大輔。周辺情報のバラエティに事欠かなかった男性陣に比べ、女性陣は、若手の村上佳菜子、エースの浅田真央、ベテランの鈴木明子、というおとなしい特徴付けに従順だった。安藤美姫、荒川静香といった先輩勢の解説やインタビューも、「おっつー、焼肉行こうねー」的な「あとでLINEでやってくれないかな」という類いの発言は皆無。今回の五輪、スキージャンプもフィギュアも、期待されていたのは女子だったが、結果を出したのは男子だった。だからこそ、男子のはしゃぎっぷりばかりが目に入ってくるのは妥当なのだが、もし前評判通り女子の成績が目立っていたとしても、逸脱したはしゃぎかたをしたのは浅田舞くらいだろう。彼女をアスリートのカテゴリに組み込むべきかどうかは、別途4000字くらい用意しないといけない問題だから、また別の機会にしよう。

今回、「なんだかしっかりしてるな、女子フィギュアの人たちって」という印象を下支えしたのは、八木沼純子の解説の味気なさではなかったか。スキージャンプの解説を担当した原田雅彦は、私情をわんさか盛り込んだ。「高梨選手はきっと言い訳しないだろうから僕が代わりに言い訳させてもらうけれど、彼女の時だけ追い風だった」という言葉は賞賛され、年の離れていない葛西紀明のジャンプでは「やりましたねぇ~。レジェンドだ。本当にレジェンドだ」と気持ちよく騒いでみせた。元アスリートの解説者は、当人との関係性から導かれるコメントが求められる。「昨晩もメールが来たんですけどね……」という情報なんて、テレビ局からすれば一番欲しいネタだ。視聴者にしても、この解説者はアスリートとどれだけ近いのかを知らず知らず計測している。その点、八木沼は物足りない。昨日メールが来たとは言わないし、おそらく実際にメールは来ていない。淡々としている、地味だ。恰好も着飾らない、「教育実習生の初日」のような恰好をしている。なぜだか桂由美のウェディングドレスを着るアスリートが定期的に現れるが(例:潮田玲子、田中理恵)、八木沼にはあの手の着飾った感じが無い。お堅い企業の広報担当としてみてもいい、とにかくあの手のベーシックな恰好を崩さない。

就職戦線を勝ち抜くためのダブルトゥループ

バレンタインに逆の概念を持ち込んだ町田樹は、選手のセカンドキャリアについて度々言及する。「アスリートが競技だけやればいい時代は終わっていて、アスリートのセカンドキャリアは一つの社会問題です。スポーツで優秀な成績をとっても、将来安泰ではない。長いスパンで準備できる人が真の一流のアスリートだと思うんです(キヤノン・ワールドフィギュアスケートウェブ)」。町田の発言を勝手に膨らませて続けてしまうと、「キミたち、最初こそ、桂由美のウェディングドレスを着させてもらってチヤホヤされるかもしれないけれどさ、それは長いスパンで考えられたものなんですか」という苦言だ。今回、ワイドショーのコメンテーターとして登場した潮田玲子や浅田舞はどうだったか、「桂由美:八木沼純子」 の数値換算で言えば「9:1」に見えた。安藤美姫は「5:5」(この均衡、つまり、この人はとても巧みな人だと思った)、八木沼純子は勿論「0:10」だ。「由美:純子」は「注目度:安定感」と変換できる。

……「はい、私の性格を一言で表すと、ダブルトゥループです」で大きく頷いた面接官が、次に「この会社に入ってやりたいことは?」と聞いてきた。頭の中をフィギュア用語が飛び交う。「御社にトリプルアクセルを!」「保険業界のリプニツカヤに!」「鈴木明子のように後輩に慕われるような……」、ダメだ、うまい例えが思いつかずに口ごもる。すっかり醒めてしまった面接官。トボトボ面接会場を出るとセミナー業者がチラシを配っている。「八木沼純子のキャリアアップ講座 〜就職戦線を勝ち抜くためのダブルトゥループ〜」。50分8000円かぁ、高いなぁ、でも行く、絶対に。

(イラスト:shioirony

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この連載について

ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

die_kuma 思えば連載の記念すべき第一回が八木沼純子で、それからフィギュアスケートについて書き続けてきた武田さん。SPUR誌で鈴木明子との対談までされていました。もうフィギュアスケートの専門家ということでいいのではないでしょうか。 https://t.co/c72CNxCWBg 6ヶ月前 replyretweetfavorite

takedasatetsu 「サイン、コサイン〜」ですが、cakes連載・八木沼純子さんの回で必要でした。→「トリプルサルコー、ダブルトゥループ、ダブルループ」の声を前に、今となってはその意味をちっとも覚えちゃいない「サイン、コサイン、タンジェント」が頭をよぎるhttps://t.co/2uo3HwkQ4E 3年弱前 replyretweetfavorite

tokiiro31 あれはいわば呪文。「彼女が競技者のジャンプに合わせて淡々と繰り返す「トリプルサルコー、ダブルトゥループ、ダブルループ」の声を前に、今となってはその意味をちっとも覚えちゃいない「サイン、コサイン、タンジェント」が頭をよぎる。」 https://t.co/M7iIjFHgSl 4年弱前 replyretweetfavorite

anekoda ログインできないから続きは読めないんだけど、その前だけでもむちゃくちゃ面白い。ーー 4年弱前 replyretweetfavorite