小林カツ代が日本に残してくれたもの 中編

今年1月に76歳で亡くなった料理研究家の小林カツ代さん。前編で「小林カツ代の本質は作家である」とfinalventさんは論じました。中編では彼女が残した自伝やエッセイを通じ、どのようにして料理研究家になったのかを振り返ります。そこにはあまり知られていなかった彼女の生き方がありました。

小林カツ代がお弁当に込めたメッセージ

お弁当づくりハッと驚く秘訣集 (21世紀ブックス)
お弁当づくりハッと驚く秘訣集 (21世紀ブックス)

 小林カツ代の作家としての感性が際立つ、『お弁当づくりハッと驚く秘訣集 』(21世紀ブックス)もまた絶版になって久しい。代わりに、お弁当作りという点では、写真の多い『小林カツ代のおべんとう決まった!』に引き継がれている。彼女の息子でそのお弁当を食べて大きくなり、彼女と同じく料理研究家となったケンタロウも、写真豊富に『働きざかり、遊びざかりに元気弁当』や『ドーンと元気弁当―食べざかり、伸びざかりに』などのお弁当本を出している。現在となっては『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』も古典としての意味しか残らないのかもしれない。だが、そのメッセージは依然力強い。

 小林カツ代がお弁当の話を書くことで「心があったかくなった」としていたのは、それが彼女の子育ての思い出や、青春の思い出に重なるものでもあったからだった。文庫化に際して追加された「あとがき」で述懐している。

 私は若い日、夫におべんとうを作ると、私の分もいっしょに作っておべんとう箱に詰め、室温に置いておき、お昼に食べました。子どもの幼稚園時代も、家にいる場合はそうしました。まったく同じようにおべんとう箱に詰めて食べたことで、実に多くのことがわかったのです。

 これを記しているのは、59歳のときの小林カツ代である。そしてこの初版を書いていたのは、46歳のことだ。追想する若い日は、結婚当初の21歳や子育て時代の30代のことである。

 彼女が活躍した時代はどのようであったか? 生まれたのは、1937年(昭和12年)、日中戦争(日華事変)が始まった年だった。日本が勝利すること、その「勝つ」の「カツ」と、「君が代」の「代」を合わせて、祖父から「カツ代」と名付けられた。彼女の母は『たけくらべ』の主人公の名をとって「美登利」または「マリ」としたかったらしい。旧姓は浅野である。

 彼女本人は、日本が敗戦したからということでその名前を嫌っていたわけでもなかったが、高校生時代、大人になったら自由に名乗りたいとし、母の腹案だった「マリ」とすると決め、結婚後は「小林マリ」と名乗っていた。なお、エッセイなどで長女を「まりこ」と呼んでいるのもその関連があるのかもしれない。

漫画家を志した20代

 彼女は最初から料理研究家を志していたわけでなかった。その道が開けたのは偶然だったようにも見える。そこに至る少女時代の話は自伝『カツ代ちゃーん』(講談社)に詳しい。彼女は中学生のころから漫画好きで、実際漫画もよく描き、『漫画少年』に投稿していた。その時期、同好ということで年の近い石ノ森章太郎と何回か文通もしていたこともある。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
新しい「古典」を読む

finalvent

「極東ブログ」で知られるブロガーのfinalventさん。時事問題や、料理のレシピなどジャンルを問わない様々な記事を書かれているが、その中でもとりわけ人気が高いのが書評記事。本連載は、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード