【第18回】
ランダム化の3つの限界
—「現実」と「倫理」と「感情」の壁

あえて断言しよう。あらゆる学問のなかで統計学が最強の学問であると。 どんな権威やロジックも吹き飛ばして正解を導き出す統計学の影響は、現代社会で強まる一方である。「ビッグデータ」などの言葉が流行ることもそうした状況の現れだが、はたしてどれだけの人がその本当の面白さを知っているだろうか。この連載では、cakesという新しいプラットフォームに相応しい、最新かつ最も刺激的な統計学の世界を紹介したい。(毎週火・金更新)

 前回までの内容を読んでいただければ、ランダム化の威力の素晴らしさはご理解いただけたと思う。本連載において統計学は「最速かつ最善の答えを得るもの」として位置づけられているが、ランダム化はまさにその中で最も万能かつ強力な武器であると言える。

 だが残念なことにこの武器はいつでも使えるわけではない。
 世の中にはランダム化を行なうこと自体が不可能な場合、行なうことが許されない場合、そして行なうこと自体は本来何の問題もないはずだが、やると明らかに大損をする場合、という3つの壁がある。1つめの壁は「現実」、2つ目の壁は「倫理」、そして3つ目の壁のことを「感情」と呼ぶこともできるだろう。以下、それぞれの壁について説明していきたい。

「現実」の壁

 ランダム化に対する「現実」の壁とは、つまり「絶対的なサンプル数の制限」と「条件の制御不可能性」である。

 たとえばスペースシャトルで月に行くにあたり、乗組員は3人で行くほうが良いか、4人で行くほうが良いか、という議題でNASA内がもめたとしよう。もちろんランダム化比較実験はこうした議題に対しても白黒つける力を持っていないわけではない。今後月に100回飛ぶうちの半分を3人で、半分を4人で行くことにする。すべての回においてミッションの達成度を数値化し、かけたコストあたりの達成度を比較して、「偶然とは思えない差が生じるかどうか」を比較すればいいのだ—。

 などという答えを返す統計家がいたら容赦なくバカにしてくれていい。少なくとも宇宙関連技術に劇的なイノベーションが起こるまでは間違いなく。可能な限り条件を近づけた訓練や部分的なテストを複数回繰り返すならランダム化が威力を発揮することもあるだろうが、いったいどこに今後100回も月に行くだけの予算があるのかと。

 月へのフライトに限らず、「1回こっきりのチャンス」あるいは、あったとしてもせいぜい数回程度しかチャンスの与えられないもの自体を取り扱うこと対して、ランダム化しようがしまいが統計学は無力である。

 ある会社が大規模な企業買収を仕掛けるべきか、とか、ある人が今の恋人と結婚すべきか、といった一世一代の決断をランダム化することはできないのだ。

 余談だが、自分の知人の統計家には生涯1人の女性とだけ交際しそのまま結婚した男がいる。そして我々は彼の恋愛について「統計学では解析できない」という表現で敬意を口にすることがある。データがたった1つしかないということは、誤差も標準偏差もなく、たった1つの値が平均値であり、最大値であり、最小値であるのだ。統計学など無力もいいところである。

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統計学が最強の学問である

西内啓

あえて断言しよう。あらゆる学問のなかで統計学が最強の学問であると。 どんな権威やロジックも吹き飛ばして正解を導き出す統計学の影響は、現代社会で強まる一方である。「ビッグデータ」などの言葉が流行ることもそうした状況の現れだが、はたして...もっと読む

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