理音先輩は、不機嫌そうに一瞬だけ振り返った。メガネに触れる。
《あなたの権限では、注視を許可されていません。日常に戻ってください。日常に戻ってください》
同じ、警告メッセージ。
こちらを見ていた全員の手元で、いっせいにシンクフォンが鳴って、ちょっとだけうるさかった。ざわめいて、一言二言、耳打ちするように会話を交わすクラスメイトたち。
だけど、もちろん全員、言われたとおりにする。警告に従うのも、幸福義務のうち。校則でもある。逆らうような生徒は、いるはずがないんです。
凛ちゃんだけは例外で、頬をふくらませつつ文句を言う。私はハラハラしてしまう。
「それでなにしに来たのっ」
「来たんですか、だ。年長者に敬意を払え。ボクは本家に遠慮しているわけじゃあない。そういうのは嫌いだからな。むしろ——」
「凛を対等な相手と認めている。家柄的にも、実は学業成績でも。だから同じ口の利き方で対応している。そういうことだよね?」
いきなり横から、漣くんが言う。まるで無関係のことでもつぶやくように。アンニュイな表情で頬杖をついたまま。窓の外を、ぼんやりと眺めている。だけど観察はとっくに済ませている、きっとそう。
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