JASRACはやっぱり必要!?
—— 昨年出版された『ルールを変える思考法』のなかで、川上さんは、ニコニコ動画が成長していくなかで、「ニコニコ動画にはまりすぎる人間がたくさん生まれるのは、よくないことなのではないか」と悩んだと書かれていました。それに対しての明確な答えは、見つかったんですか?
川上量生(以下、川上) えーとね、単純に「ニコニコ動画がなくったって、人は何か他のことで暇つぶしするよね」と思って、それで解決しました。
—— おおっと、そういうことですか(笑)。
川上 もうちょっと説明するとすれば、時間のつぶし方の一つと考えたときに、ニコニコ動画ってそんなに悪いものじゃないと思ったんです。ソーシャルゲームのようにどんどん課金するものだと、お金を使い果たして人生が破綻するかもしれないけれど、ニコ動は見れば見るほどお金がかかるというものでもないし。
—— はい。
川上 さらに言うなら、ニコ動には他のネットコンテンツと違って、人とのふれあいがあります。コメントを書いたり見たりすることで、そのなかに存在している感覚を得られるっていうのは、何らかの癒やしになっているはず。救われている人も多いんじゃないかと思ったんですよね。それは、ニコニコに関するイベント参加も含めて。
—— たしかに、ニコ動って、人に「居場所」を与えるサービスになっていますよね。本の中ではもうひとつの懸念として、「ニコニコ動画のなかでユーザーがつくっている無料のコンテンツが、日本のコンテンツ産業を破壊するのではないか」ということも書かれています。こちらについての解決策は?
川上 うーん、けっきょくね、一時的に破壊することになるかもしれないけど、歴史を繰り返しているだけだということがわかってきました。
—— 繰り返し、ですか?
川上 ニコ動で新しいコンテンツがたくさん生まれて、プラットフォームとして成長して、ユーザーの趣味嗜好が発展していくと、今まであったコンテンツのマーケットと同じような歴史をたどっていくんですよね。テレビなどの従来メディアや、芸能界の歴史も似たようなことを繰り返してるんです。例えば、ニコニコ動画って最初「パクリ上等」みたいな文化があったんですよ。おもしろければ許される、文句をいうやつはダサいみたいな。
—— 「ネット文化」っぽいですよね。
川上 そう。商業コンテンツのパロディをやっている間はそういう雰囲気があったんですけど、だんだんネットユーザーがつくったオリジナルのコンテンツが増えてきたら、それのパロディ作品に対して「作者の許可はとったのか」と言い出すんです(笑)。
—— 以前、cakesでも掲載させていただいた書籍の講演でもおっしゃっていましたね。パクリ上等のネットユーザーが、途中からネットのクリエイターの権利を守ろうとする側に変わるって。ネットユーザーはネット発のものに対しては権利意識が高い、と。
川上 そうそう、ネット発のものにはいきなり厳しくなるんです。そして次第にユーザーが、作者は作品に関わるすべてのことに介入する権利があると主張し始めて、むしろこちらでクリエイターの権利を制限しないとまずいと思ったんですよ。
—— たしかに、自由な創作活動が、逆に阻害されてしまうのかもしれませんね。
川上 そう、そのままだと、クリエイターの活動の妨げになるんじゃないかという懸念が出てきて、「あ、JASRACに登録してくれたほうが楽だ」と思ったんです。JASRACに登録してくれれば、そのルールに則って権利処理ができる。JASRACって、一般的には既得権益を守る「なんかイヤな組織」って思われてるじゃないですか(笑)。
—— 歌詞の引用に対してうるさかったり、お金を取られたりして、うざい存在だと感じている人は多そうです。
川上 JASRACは「我々は、作品が流通するために必要なんだ」というんだけど、言い訳にしか思われていない。ところが、現実に今ネットで発生していることを見ていると、言い訳じゃなくて本当にそうだったなって(笑)。JASRACがやっていることは、権利者を守る側面もあるけど、権利者が何でも主張してみんなが困らないようにする側面もあるんですよね。
—— 権利者を守りつつ、制限もしている。たしかに、著作権法だってそうですよね。本当の目的は文化がより豊かになるためのものですよね。
川上 そうです。特許もそうですよね。権利保護は手段であって、結果的に世の中が発展する目的でつくられてる。だから、音楽産業に話を戻すと、こういう仕組みは必要だからつくられたんですよね。それをふまえてニコ動上のいろんなやりとりを見ていると、ああ、これは歴史を繰り返しているんだなと。過去に起こったいろいろな争いがあって、今のコンテンツ産業の仕組みができていることを、僕らは忘れているんだなって。
—— うーん、なるほど。
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