無想庵物語(山本夏彦)3

山本夏彦『無想庵物語』評は3回目です。少年期の山本夏彦が文学者・武林無想庵と出会い、そして、ともにパリに行くことになりました。遠く離れた異国で、なおも自殺願望がやまない山本夏彦。なぜそこまで死ぬことにとらわれているのか、finalventさんが本書から読み解きます。

二度目の自殺の失敗


無想庵物語(文春文庫)

 武林無想庵が山本夏彦少年に施した「生きる稽古」はどのような結果となったか。失敗であったと言ってよい。17歳の夏彦はフランスでも死に神に取り憑かれていた。

 「むそうあん物語」には居候のくせに掃除もしないというたぐいひと言も書いていない。ただ驚くべき一条がある。文子は日本に行くに当たりロザンギャールを売払った。ガレージを飛行場につとめるフランス青年に貸したので、夏彦を将来有望な飛行家に仕立てたいと思い立ってその話をしたら、自分は飛行家になりたいなどと思ったことはないと夏彦は気色ばんだ。「じゃ何になりたい?」「詩人」と答えたとあるが、私にはその記憶が全くない。
 私は父の詩人としての生涯を知っている。昔も今も詩人が衣食できないことを並みの少年より身をもって知っている。それなのに言下に詩人と答える道理がない。答えたとすれば口から出まかせを言ったのである。あるいは反語である。表情は言葉を裏切っているはずである。このころ私は再び死を思っている。

 ここでもまた73歳の山本夏彦が数え18歳の少年・夏彦に向き合っている。少年・夏彦が詩人になれないことは自身で理解していただろうが、本当になりたかったのは反語に隠した詩人そのものではなかったか。そしてそれを隠したことが老いた山本夏彦の秘密の一つではなかったか。その隠蔽にはこの二度目の自殺の失敗が関係している。

 昭和七年十二月私は汽車でインテルラーケンを経てクライネ・シャイデックに登っている。ユングフラウに至る途中である。私に登山の趣味なんかない。ただ闇にまぎれ睡眠薬を飲んで昏睡すれば雪降りつもってめでたく凍死するにちがいないと思ったのである。ところが何ということだろう。その年は何十年かぶりの暖冬だそうで、雪のなかの私はホテルに担ぎこまれドイツ人の医師の手厚い看護をうけた。それで死神はおちついたのだろう。三たび繰り返すことはなかったが、さりとて並の人になったわけではない。私は何食わぬ顔でパリへ帰ったから武林もこのことは全く知らない。

 二度目の自殺の理由についても山本夏彦は詳しく書いていない。ただ「少年の私が死ぬことばかり考えていたのはホルモンと関係がある」としている。性欲が関連しているということではあるだろう。二度目の自殺の試みを知るのは、もはやこの世では彼本人、一人となっているのにもかかわらず、仔細に触れないまでも書かずにはいられなかった。『無想庵物語』にはそうした、書かずに死ぬことはできない思いが核となっている。

山本夏彦を自殺に駆り立てたもの

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