第3回】心を微分して表現できる作家たち

「時代を超え、国境を超える作品を、作家とともに作りたい」そんな思いで講談社を辞め、作家のエージェント会社「コルク」を設立した佐渡島庸平さん。連続インタビュー第3回は、佐渡島さんが考える編集者の仕事について。才能のある作家とは、「心を微分して表現できる人」という佐渡島さん。それはいったいどういう意味なのでしょうか? 聞き手は『文章ってそういうことだったのか講義』の古賀史健さんです。

作家も編集者も「才能業」であるはず

— それにしても、講談社という巨大な船から飛び出してまで作家と同じ船に乗りたいというのは、ものすごい惚れ込みようですよね。

佐渡島庸平(以下、佐渡島) でも「惚れる力」というのは、編集者に絶対必要な才能だと思いますよ。もっと正確にいうなら「惚れ続ける力」かな。

— 一過性の熱じゃない。

佐渡島 ええ。たとえば『宇宙兄弟』は、いま累計1000万部というところまできています。でも、僕は1000万部しか読まれていないのが悔しくてたまらないくらい、『宇宙兄弟』はおもしろいと思っているし、小山宙哉という才能に惚れ込んでいる。
 出版社的な発想だと、映画化されてアニメ化もされた今年、2012年が『宇宙兄弟』のピークということになるんですよ。だけど僕は、これから『宇宙兄弟』はもっとおもしろくなるし、ピークはまだまだ先にあると思っている。そして、そのピークにある大きな感動をリアルタイムで味わってもらうためにも、もっと多くの人にいまのうちから読んでほしいんです。

— 惚れるだけでなく、惚れ続けるために必要なものとは?

佐渡島 いちばん大切なのは、ある作品を「おもしろい」と感じるとき、それがどれくらいおもしろいのか正確に理解する力じゃないでしょうか。100のおもしろいと、60のおもしろいを同列に扱っている人が多い気がします。

— どっちも「おもしろい」のひと言でくくっている。

佐渡島 そう。たとえば編集者でよくあるのが、自分の担当作を「これはおもしろい」と言いながら「でも売れて2万部かな」と考えるパターン。これって、心底おもしろいと思ってない証拠ですよね? しかも「売れて2万部」だと思っていたら、売れなかったときにも努力しないでしょうし。

— まあ、佐渡島さんは1000万部でも「まだまだ足りない」と思ってるわけですからね(笑)

佐渡島 だから、自分が本気でおもしろいと思える作家や作品を見つける能力は必要じゃないかと思います。それはアンテナのようなものでもあるでしょうし、根気でもあるでしょう。だって本気でおもしろいと思えば、どんな努力も厭わなくなって、売り伸ばすためのアイデアもたくさん出るようになりますよ。

— うーん、そのへんの才能にまつわる話はおもしろいなあ。もう少し詳しく聞かせてください。佐渡島さんは編集者もなんらかの「才能」が必要な仕事だと思いますか?

佐渡島 思います。たとえば、出版社は作家を正社員として雇うことはしませんよね? それは作家が「才能業」だからなんです。作家としての才能は、テストや面接では見抜けない。さらには、いま人気の作家でも、10年後にどうなっているかは誰にもわからない。だから作家たちとは作品単位で契約する。才能があるのかないのかわからない人を終身雇用して、固定給を払い続けるのはリスクが大きすぎますからね。

— たしかに。

佐渡島 一方、編集者については新卒・中途を問わず、正社員として採用しています。つまり出版社は、編集者のことを才能業だと考えていないわけです。言い方は悪いけど、慣れれば誰にでもできる仕事だと。

— そういうことになりますね。

佐渡島 でも僕は、編集者も才能業だと思っています。作家とはかたちが違うけど、才能の有無はあるし、向き不向きも確実にある。向いてない人が編集をやっても、作家と作品が不幸になるだけです。編集者にとっても幸せなことじゃないでしょう。

— もしも編集者が才能業だとしたら、当然淘汰されていくべき存在だということになりますよね? 作家やプロスポーツ選手がそうであるように。

佐渡島 厳しい話に聞こえるかもしれないけど、そういうことですね。これは出版の将来像にもつながることですが、やっぱり才能業に終身雇用の固定給が支払われるというのは、そもそも論として無理があると思うんですよ。

読者は作家を通じて「自分」を知る

— では、才能を伸ばしていくために必要な要素って、なにかありますか?

佐渡島 まず、作家の方々を見ていて感じるのは、素直さですよね。

— へえー、それは意外かもしれない。

佐渡島 素直さの対極にある心、つまり嫉妬心とか猜疑心って、努力の邪魔をするんですよ。自分を信じて周囲を信じるからこそ、努力が続けられる。もちろん、嫉妬心がバネになることもあるんだけど、それでは長続きしないし、自分が磨り減っていくんじゃないでしょうか。
 もうひとつ、個人的に心掛けているのは「真剣だけど、深刻ではない」ということ。これは取材中に、ある心理学者の先生に教えていただいた言葉なんだけど、真剣であることと深刻であることを取り違えたらいけませんよね。どんなときでも、笑いながら仕事をしていきたいと思っています。

— そういえば佐渡島さんって、いつも笑顔のイメージがありますね。図々しいくらいのお願いをするときでも笑顔だったり(笑)

佐渡島 いやいや、それだけ真剣なんですよ(笑)

— じゃあ、作家さんの話が出たところで、前々から聞いてみたかった質問があります。佐渡島さんの考える作家の才能って、どんなものなんでしょうか? つまり、佐渡島さんは作家の才能を見極めるとき、どこを見ているのでしょう?

佐渡島 僕が考える作家の定義は「心を微分して表現できる人」なんです。

— 心を微分する?

佐渡島 たとえば『宇宙兄弟』で、小山さんがケンジに2人目の赤ちゃんが産まれる場面を描きたいと言ってきたんですね。それで、ちょうど小山さんにも2人目が産まれたところだったので、よほど嬉しかったんだなと思って「赤ちゃんが産まれたときにどう嬉しかったのか、小山さんが感じた喜びをそのまま描いてくださいよ」とお願いしたんです。
 ところが小山さんは「いや、無事に産まれてくれた安堵感はあったけど、それ以上の喜びなんか特にないですよ」と言うんですよ。

— ええーっ?

佐渡島 もちろんこれには続きがあって「自分の子どもとはいえ他人なんだから、産まれてくるだけで大喜びするようなものではありません。でも、その他人であったはずの赤ちゃんと同じ時間を同じ空間で過ごすことで、少しずつ互いを知っていく。絆がめばえ、親子になり、かけがえのない家族になっていく。その過程で嬉しさが生まれてくるんです」と。

— はっはー。すごい洞察だ。

佐渡島 これは僕も、もうすぐ2歳になる息子がいるからほんとうにその通りだと思ったんですね。僕は子どもが大好きで、子どもができた喜びを心底感じていたんだけど、まだまだ自分の感情をぼんやりとしか理解できていなかった。小山さんに指摘されてはじめて、子どもが産まれる喜び、子育ての喜びの微細なところを教えてもらえたんです。

— なるほど。読者は作家を通じて、自分の感情を教えてもらうんですね。

佐渡島 そう。心を微分する作家がいるからこそ、僕らは「自分」を知ることができるんです。

— その微分ということについて以前、黒澤明監督が同じような話をしていました。モネは睡蓮の庭の前で、何ヶ月もキャンバスに向かうことができる。でも画家志望だった自分は、あっという間に描き上げちゃう。モネが作品を完成させるのに何ヶ月もかかるのは、「他人には見えていないもの」が見えているからだ。それが才能なんだ、と。

佐渡島 そうです、そうです。それは安野モヨコさんにしても、井上雄彦さんにしても、あるいは伊坂幸太郎さんや平野啓一郎さんもまったく同じですね。彼らは「才能という名のメガネ」を持っていて、そのメガネ越しに映る景色や心の動きを、繊細に描ききる力を持っている。それが作家なんです。

— でも、さっきの話を蒸し返すと、「出版社は作家を正社員として雇わない、なぜなら才能業だからだ」というのはすごく説得力がある話です。
 一方、佐渡島さんのエージェント業は、才能業である作家たちと一蓮托生というか、彼らの才能にすべてを賭けるわけですよね? そこのリスクはどう考えているのでしょうか?

佐渡島 だからこそ、自分が心底おもしろいと思える作家としか手を結ばないし、自分自身の「おもしろい」がどれくらいのレベルなのか、しっかり見極めているつもりです。そこはもう、作家の才能と、編集者としての自分を信じるしかないですよ。

恥ずかしい生き方をしたくなかった

— そんな天才たちと一緒にいるのは、おもしろいでしょう。

佐渡島 もちろん刺激的でおもしろいのですが、むしろ自分自身の生き方を見つめなおす機会も多くなりますよね。率直にいって今回の起業も、安野さんや小山さんの影響がものすごく大きかったので。

— どういうことですか?

佐渡島 僕は井上雄彦さん、安野モヨコさん、小山宙哉さんの3人について、世の中でこの人たち以上に努力している人間を見たことがないんです。
 たとえば、オリンピック特番で、金メダル選手の練習風景を追ったドキュメンタリーが放送されますよね。それを見て「さすがメダリスト、すごい努力だな」と感動する。
 でも同時に「いや、それでも小山さんのほうががんばってるな」と思っている自分がいる。単純に比較できる話じゃないとはわかっていながら、どうしても「いやいや、安野さんの努力には及ばないだろう」と思ってしまう。
 彼らの努力って、それくらいすさまじいものなんです。

— それはこれだけの人気作家になったいまもなお、ということですか?

佐渡島 はい。たとえば『宇宙兄弟』って、いま190話くらいまで進んでいるんですけど、僕は担当編集者として「1週たりとも、前の週と同じクオリティだったことはない」と断言できます。
 読者の方々には気づかれないかもしれませんが、よりおもしろいエピソードを挿入しようとしたり、絶対に前と同じ表現を使わなかったり、あるいはペン入れを1時間でも早く終わらせる方法を模索したりと、とにかく「見える努力」と「見えない努力」を尋常じゃないレベルで重ねている。長期連載になって、人気も評価も確かなものになっているのに、自分に課すハードルがどんどん高くなっているんです。

— そんな作家たちと同じ船に乗って、佐渡島さんはなにを感じるのでしょう。

佐渡島 彼らのような天才たちの努力を間近に見ていると、横にいる人間として、恥ずかしい生き方ができなくなります。彼らと同じくらいがんばりたいと思うし、中途半端なことをやっていたら恥ずかしくて顔向けできない。そして、うーん。なんというか、だんだん怖くなってくるんです。

— 怖くなる?

佐渡島 あのまま僕が講談社にいて、管理職になって、会社の内外でそれなりの評価を受けて、年齢と経験を重ねていったときのことを考えると、自分に自信が持てなかったんですね。自分でも気づかないうちに怠けていくような気がして。

— そんな自分になってしまったら、ほんとうに顔向けできない。

佐渡島 ええ。変な話だけど、このまま会社で生きてたら小山さんに負けちゃうな、というか。作品の責任者としてはもちろん、人として、生き方として、負けちゃう気がしたんです。

— ……生き方として負けてしまう、ですか。

佐渡島 だから小山さんの前に出るとき、堂々と「僕は『宇宙兄弟』について、見える仕事も見えない仕事もこれだけやってきました。決して小山さんに負けてません」と胸を張れる自分でありたかったんです。そして、そんな自分であり続けるためには、独立してエージェントという道を選ぶしかなかった。
 安野さんや小山さん、それから井上さんといった作家たちとの出会いがなかったら、独立はしてなかったかもしれません。

— なるほど。今回の独立は生き方の選択でもあったわけですね。

【第4回】コルクの船はどこへ向かうのか

 

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作の編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。
コルク:http://corkagency.com/
Twitterアカウント:@sadycork

インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。cakesでは『文章ってそういうことだったのか講義』を連載中。
ブログ:FUMI:2
Twitterアカウント:@fumiken

写真

キベ ジュンイチロウ
1982年生まれ。福岡県出身。大学新聞部での取材をきっかけに写真を始める。在学中から、フリーランスとして仕事をはじめ、大学卒業後はベンチャー企業に5年間勤務。2011年、独立してフリーランスに。得意な被写体は「人」。
オフィシャルサイト:http://www.kibenjer.net/

コルク

この連載について

初回を読む
コルクの船は世界へ漕ぎだす—佐渡島庸平インタビュー

古賀史健

『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』など,、数々の大ヒット作品の編集を担当した敏腕編集者、佐渡島庸平さん。今年の9月末に講談社から独立して、新しい会社を設立しました。「日本に作家のエージェント業を根付かせたい」という佐渡島さん。新会...もっと読む

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