「ポジティブ教」にハマらないために
安藤美冬(以下、安藤) そもそも、岸見先生がアドラーを学び始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
岸見一郎(以下、岸見) きっかけは子育てです。子どもは電車の中で大きい声を出すかもしれないし、スーパーのオモチャ売り場の前で泣き叫びだすかもしれない。ときに親の言うことをまったく聞かなくなる手強い存在ですね。そういうときにどう対処したらいいのだろうと悩んで、アドラー心理学を学び始めました。
安藤 子育てがきっかけだったとは、ちょっと意外です。
岸見 あと、『嫌われる勇気』のあとがきにも書きましたが、はじめて聞いたアドラー心理学の講演で登壇者が「今この瞬間から幸福になれる」と語ったんです。私は反発を感じると同時に、「これまで哲学者として幸福について考察してきたけれど、自分自身は幸福なんだろうか」ということに思い至りました。それなら、アドラー心理学を研究して、まず自分が幸せになろうと。
安藤 『嫌われる勇気』の後半では、「『いま、ここ』に強烈なスポットライトを当てよ」という力強い幸福論が語られていましたね。まさに私はそれが知りたかったんだ!ということが語られていて、すごく共感しました。これまで何度かテレビや対談で「若者の幸福論」というテーマで話をしたことがあるのですが、意見するたびに徒労感を味わっていたんです。幸福についての議論って、小難しくそれらしいことをこねくり回しても仕方がない気がするんですよね。「笑う門には福来る」の精神で、「いま、ここ」の自分が幸せだと定義すれば、周りの世界が輝いて見える。幸せは“自家発電”していくものなんじゃないかなと思うんです。
岸見 その通りです。だから、私自身が幸せにならなければ、カウンセリングにこられた人に対して説得力がないんですね。
安藤 アドラー心理学には「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」という三つの重要なポイントがありました。そして、自己受容と「自己肯定」を明確に分けている。これは、ものすごく腑に落ちました。
岸見 自己肯定は、できもしないことでも暗示をかけて、「自分はできる」と言い聞かせることです。一方の自己受容は、「できない自分」をも受け入れること。アドラー心理学では、自己肯定を否定して、自己受容しながら前に進むことを推奨しています。