徳永準 [16:41]
見覚えのある、可愛い女の子。
そうだ。なにもかもが、ぼやけていた。靄がかかったような感じで、ぼくはただ走って、走り続けて、逃げ回っているうちに方角も何かもかもわからなくなって、ぼくは本当に今日の大切な目的さえも忘れかけていた。
女の子がぼくを見る、ぼくも彼女を見つめる。誰かが遠くで叫んでいる。ぼくは動けない。魔法につかまったみたいに。ほんの一秒が百年にひきのばされる。女の子はまっすぐに見つめる。ぼくは動けずにいる。心臓が一回だけ脈をうつ。耳の奥が冷たくなって、ぼくは何もかも忘れてその場に倒れてゆく。
彼女の瞳は、深いグレー。
オサリバン・愛 [16:41]
だもんでアタシの「勝負」ってのは、ホントに一瞬のことだったわけですわ。
こっちの気持ちは、マリエさんに言ったとおり。
ていうか、あの人に訊かれてしゃべってるあいだに、だんだん固まってったっていうのが正しいのかな。
マリエさんて、すっごくストレートな目線なんよね。こっちが嘘つけなくなるくらい、まっすぐ見つめてくる。だからアタシの本心も、しゃきっと直立不動になって、一歩前進するしかなかった。
そう。
アタシ、そのことを彼に言おうとしたんよ。一歩前進しちゃったアタシの本心を。
死ぬの考え直してもらえませんか、ってのを。
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