笹浦耕[16:31]
見えた!……そうか、まだ西のやつがいたんだ!
最終防衛ラインだ、そのまま動くな! ブロックしてろ! 後ろから伊隅が追っかけて来てんだ、あとはゆっくり挟み撃ちを──
西満里衣[16:31]
左……と見せかけて右!
当たりだ! 徳永は目前!
次の瞬間、わたしの頭上五センチ、赤いコートにつつまれた痩せっぽちの少年の身体が跳んでゆく。手すりと車椅子の肘掛けを、器用にも踏み台にして。
「あっ………!」
すべてがスロー、すべてが無音。大空を翔けるアクロバット。
彼のどこにそんな力が、すばしこさが、隠れていたんだろう? アスリートだ。わたしは彼の汗を見つめる。冷たい風が頬をうつ。彼のつくる風が。
手を伸ばす。赤いコートの裾めがけて!
運動する体、運動できる体。自由な魂。きれいだ。そう思った。人間の体って、ほんとうにきれいなんだ。わたしは呼吸を忘れる。視線がひっぱられる。だから反応が遅れる。一瞬だけ。
赤いコート、指の間を通り過ぎる!
笹浦耕[16:31]
──って何やってんだ西こら! なんでコケるんだよ、そこで!!
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