笹浦耕[16:30]
「笹浦! 徳永……」
をつかまえてくれ! みてーなことを叫んだのは伊隅のやつだった。
けど、かえって裏目に出た。
放水の彼方に突如出現したあのド阿呆は、くるっと回転するや、すぐ後ろまで迫ってた伊隅を突き飛ばした。つーか伊隅が勝手にひっくり返ったぽかったけど。そのまま階段を、やつはものすげー勢いで駆け降りる。
「うわわっ──」
伊隅が倒れる、オレが階段へ突進する、徳永の背中が林の中へ消えていく、それがぜんぶいっぺんにおこって、しかも直後にオレの
「いでえっ!」
伊隅の大バカたれ、オレにもろにぶつかってきやがって、ほとんどタックルだよ! こっちもバランス崩してすっ転んで、階段から転げ落ちる寸前とこで二人して知恵の輪状態。
「バカどけこらてめえ!」
「ご、ごめん!」オレの下から、泣きそうな声。「ボ、ボク徳永を追ってて!……」
伊隅賢治[16:30]
「ボク、徳永を追ってて、それで──」
「説明いいから! 来い!」
笹浦の体重と熱気がボクの上から消える。やつは双眼鏡を握ったまま猛然と階段を駆け降りる。ボクは苦笑を抑えることができない。ああ笹浦。おまえこそは根っからの行動者に違いない。ボクが半時間を費やして考えついた見事な言い訳の数々を、聞こうとすらしない。
ただ懸命に走る、走る、走る。狩りを覚えたばかりの幼い狼のように。
「あ、くそ! いねえ!」
正面は下り坂、その先は十字路だ。徳永の姿は──どこにもない。右の神社へ逃げたのか、それとも左奥の坂を越えて遊歩道へむかったのか。
「笹浦、他の連中は? みんなで包囲する計画じゃ──」
「うっせえ! しゃべってねえで連絡……えいくそ、これ使え!」
やつは自身の携帯をボクに投げてよこし、同時に正面の坂を駆け降りる。なんという信頼の証。そして瞬時の判断力。そう、ボクは他のメンバーのアドレスも電話番号も知らない。ずっと返信を怠っていたし、連絡の中枢はおまえや〈トウコ〉が担当していたんだから。そしてボクよりはおまえのほうが足は速い。となれば連絡役はボクが担当するのが合理的だ。
大したやつだ、笹浦、おまえというやつは。徳永とはまるで違う、けれど同じくらいに興味深い対象だ。機会があれば、おまえの死の瞬間も是非観察してみたいところだ。ボクは自分の欲望が肥大していくのをはっきりと感じる。危険な兆候だ。けれど、ボクにはボクが止められない。ボクの奥底から湧き出てくるものを。
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