伊隅賢治[15:50−16:30]
チャンスは一度だけだった。
徳永は、歩道橋にのぼると言ってきかなかった。「ファブリさん」とやらがその場所を指定してきたのだと(この謎の人物が、笹浦と徳永をなんとかして引き合わせようとしているのは確実だった)。したがってボクの奇策は半分だけ成功したと言えるだろう。ボクの告白に対する徳永の返事は、こうだった。ボク(と同一人物であることが「判明」した〈17〉)と予定をくりあげて一緒に死ぬこと自体には
超越的で運命的な力が(徳永は単純に「何かが」と表現したのだけど、ようするにそういうことだ)ボクたちをこの場へ招き寄せ、この携帯を無事に持ち主のところへ返すように計らっている。これはきっと、どこかで誰かを助ける連鎖の一つなんだ。だから、心中するのは携帯を返してからだ。おかげでボクとボクの『死』は、〈捜索隊〉の包囲網のど真ん中へと突き進んでゆく羽目になってしまった。なんてことだ。
〈捜索隊〉の存在を徳永に警告するチャンスを、ボクはすでに幾度か逸していた。パニックの危険性が高すぎたからだ。かといって、今さらボクが〈捜索隊〉にも所属していると告げても、先ほどの「ボクが〈17〉だ」という告白の重みが減じかねない。ましてや、ボクは隠し事をする人間であるという印象も与えてしまう。一度隠し事をした人間は、いつでも再び隠し事をする。そう考えるのが普通だ。
ボクにできた抵抗はといえば、時間つぶしのために入った駅ビルのマックで「早く一緒に自殺してくれないと、ボクの自殺の動機を教えてやらない」と
この時点では、歩道橋の上に笹浦が陣取る予定も含めて、〈捜索隊〉の配置をボクが事前に聞き出していたことが、その時ボクの手中にあった唯一の武器だった。と同時に、それは悩みの種でもあった。「ファブリ」氏の指示を、ボクはどうすれば回避(あるいは逆に利用)できただろうか。たとえば笹浦の姿をボクが(あくまでも偶然に)遠くから発見して徳永に「逃げろ!」と叫ぶ方法はどうだろう。けれど、これもまた遠すぎれば真実味がなくなるし、近すぎれば笹浦に捕まるだろう(なにしろむこうは学年平均以上の運動能力の保持者で、こちらは消費期限すれすれの
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