笹浦耕[16:26]
「おい。おっさん」
『だからファブリだってば。物覚えが悪いなあ、笹浦ギルバート君』
どっちがじゃボケ!
ケータイが手のひらの汗でヌルヌルしてる。それから双眼鏡も。オレ、グリップを握り直した。
ようやく到着した吉祥寺の南側、大通りをまたぐ歩道橋のどまんなか──ここからだとバス通りの交差点から南の雑木林一帯まで、ぐるっと見渡せる。さすが三十倍ズームの双眼鏡。すまん親父、大事に扱うから無断持ち出しは許してね。つーか、バレねーように戻すつもりだし。
「おっさんと漫才やるつもりはねーよ。それより、公園の入り口って二つあんだけど」
『ん?』
「井の頭・公園には・入り口が・二つ・あるんだよ」オレ、わざと単語を区切りまくり。「京王井の頭線の『井の頭公園』駅前のと、吉祥寺駅の南にあるやつと。他のちっちゃい出入り口とか、ふつーの道から入れる場所をかぞえなくっても、だ」
『……でもふつうは、自然文化園のあるほうが正式な入り口じゃないのかい?』
「
『なんで西園なのに南なんだい』
「知るかそんなの! とにかくここは、
『へー』
「……なにが『へー』だ。こら」
『人生は新鮮な驚きでいっぱいだねえ、笹浦君』
くそ。くそくそくそ。
「で? どこ行きゃいいんだよ!」
『そうだねえ、ちょっと待ってくれないかな。確認してみるから』
「つーか仕事の代理ってどこで何すんだよ、そっちをまず詳し──」
切りやがった。くそったれ。
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