序 幕
新しいおとぎ話の始まり
【???】どこかの場所、いつかの時間
その強力でカワイイ爆弾の名前は「緑の子」と言います。
といっても、爆弾は66種類の異名を持っているので、いつもその名前であるとは限らないのですが。強力でカワイイ。とても重要なことですが、覚える必要はありません。絶対にわかるからです。
出遭ったときに理解するでしょう。爆弾であったことを。
爆弾の心拍数は、だいたい1分間に66回。それが99BPMを超えるとき、「おとぎ話」はクライマックスを迎える。と、道化師は予言しました。ニヤニヤ笑いながら。
もちろん、強力でカワイイ爆弾は巧妙に
あなたの権限で、この先を閲覧する許可は出ていますか?
/// CAUTION ///この警告は、2回目の警告です。/// CAUTION ///
【サイレン〈No.01〉】α世界→β世界トランス線
幸福なのは義務なんです。
すべて市国民は、幸福で文化的な生活を営む義務を有する(つまり生存権保障)。
女王である私が今いるのは、みずべの公園市国(1)。
もしかしたら、ちっぽけに見えるかも?
箱庭のような市国です。大災厄以前の国家という概念から比べれば、本当にささやか。だけれども、幸福と安心だけで満たされた、隔絶された楽園なんです。
巨大な湖があって、上空から見おろすと、長い架橋が美しい幾何学模様を描いている。フラクタル図形のように円環を重ねている。湖の中に立つ背の高い中央電波塔(2)が、私の居心地の良い住み家です。
南側には、海へと続く小さな湾があります。この公園市国は、南北のどちらも水辺。完璧に統制された理想都市。400万人の市国民が、幸せに暮らしている。
チカチカ。チカチカ。夜明け前の暗い湖面に、直線と円環の架橋がきらめいている。シアン色のライティング。
電波塔の頂上から世界を見おろしながら、私は追跡するんです。見つけるんです。
そう、逃げていく仔猫を追いかける、飼い主のように。私という存在は、神様から完璧に創造された「絶対女王」サイレンだから、もつれた毛糸玉のような世界線でも、α→βへと複雑な道筋を、きっちりたどっていくことができるのです。
目標、マーカーがハッキリ見える。翠色に光り輝く、小さな輝点が
例えば、道化師キューレボルンは、こんなふうに言う。
「女王陛下、それこそハツコイというものです。とても危険で
ニヤニヤ笑いの、つかみどころのない、いらないようで必要な存在。それが道化師キューレボルン。もちろん、完璧で幸福なこの公園市国に、不必要なものなどあるはずがない。
私は歌う。幸福で安心できる歌を。
みずべの公園市国の、すべての人々のために。彼らが、彼女たちが、本当に幸せで安心していられますように。
<幸福なのは義務なんです♪ 幸福なのは義務なんです♪
幸せですか? 義務ですよ? 果たしてますか♪ 幸せじゃないなら……>
◆ ◆ ◆
この世界は、神様が創りました。そういう意味では、αであれβであれ、ありとあらゆる世界線上の「世界」というものは、すべて同一のものです。
神様から見た世界線というのは、東西南北でもない、上下でもない、過去・現在・未来でもない。世界軸という方向に伸びる、人間にとっては、ちょっぴり難しい概念です。だから神様が創った安全装置は、「逃げる」という目的のためにあるのではありません。
おとぎ話の終わりは、知っていますか?
水辺の女王と、女王と恋に落ちた少年騎士のおとぎ話の終幕を、知っていますか?
さて、それではもう一度、おさらいです。
最初の世界のありようは、混沌——犯罪、貧困、飢餓、戦争、人々の不仲、その他の〈ひどい雑音〉に溢れている世界。そこから逃げ出すことは、ちっぽけな人間にはできないことだったのです。
それでも世界は〈幸福〉であるべきです。人々は〈安心〉して暮らすべきです。そこで後任の神様は、世界を統治する女王が住む〈天にそびえる塔〉を創りました。女王と市国民を楽しませる道化師を創りました。女王は
最後に、後任の神様は、ゴシック(GOTHic)を創りました。ゴシックは道具です。人々を幸福にするための素敵な魔法の道具。
それから、最後の最後に、ゴシックと対になる安全弁も創りました。対になるものの名前は、歪んだ真珠から名付けました。
神様の住む神殿の名前は、NEGI(3)。(Neuro Echelon General Inc. なんていう長い名称もあるのだけれども、ここではまったく関係ありません)
この物語は「おとぎ話」の続きの話です。
水辺の女王と、女王から愛おしく追いかけられる、小さな仔猫たちのおとぎ話——。
注(1)みずべの公園市国
パシフィック・リムに残された都市国家で、サイレン女王と管理ネットワークによって大災厄後も文明を保持した。人口約400万人(少子化対策恋愛省調べ)。
注(2)中央電波塔
みずべの公園市国の中央部に位置する、巨大な電波塔。下層には自由処刑室、中層には演説ルーム、塔の先端・最上階には、サイレン女王様の住まう世界管理室がある。塔は湖の中に立っていて、都市部とは長い橋で接続されている。女王様は、ここから全市国民に向けて「幸福と安心の聖歌」を詠う。
注(3)NEGI(ネギ)
Neuro Echelon General Inc.
遥か昔、世界にはエシュロン(Echelon)という巨大な情報収集装置があった、と噂されている。今となっては、真実は誰にもわからない。
!重要!以下の情報は最上位セキュリティに属するものです
世界が災厄の予兆を感じていた時代、エシュロンより上位の完全で完璧なシステムが目指された。そのシステム構築を担当した企業がNEGIであり、完成したのが、「サイレン=オンディーヌ」システムと言われている。したがって「みずべの公園市国」も、NEGIによって生み出されたのであろう。
NEGIの研究員たちは、サイレン・システムがうまく「市国民の幸福」の繋がらなかった場合に備えて、二重の安全装置を用意した。ひとつはキューレボルンであり、もうひとつはバロックである。キューレボルンは「冗長性」を、バロックは「脱出」を用意する。
【登場人物】
翠川 初音(みどりかわ はつね)
中央区第一中学2年生。元々は「オンディーヌ情報体」だった。引っ込み思案すぎて、漣との関係はあいかわらず……?
黄波 漣(きなみ れん)
初音のクラスメイト。幸福安心委員会インター、解チームのメンバー。猫のようなマイペース型だが、初音の前ではちょっとだけ変化の兆しが。
黄波 凜(きなみ りん)
初音の親友で、漣のいとこ。父親は、みずべの公園市国・防衛省の部長。漣のことが好きらしいが、初音のことはもっと大好きな、友だち想い。
黄波 理音(きなみ りおん)
エリート校に通う、漣の義兄。恋愛省インターであり、幹部候補でもある。徹底した「義務教育」を施され、エリート主義をまったく隠そうとしない。
緑鳥 巡(みどりとり めぐり)
女王様に反抗する不幸分子の、アイドル的存在。「緑の子」。その性格は、純粋無垢、快楽主義、大胆不敵。桃井流歌子の親友でもある。
桃井 流歌子(ももい るかこ)
中央区第一中学校の先生。初音や漣のクラスの担任。若くて美人な先生で、生徒からも人気があるが、どこか寂しげな雰囲気を持っている。
青村 解(あおむら かい)
中央区第一高校3年生で、幸福安心委員会のインターン・シップ。初音たちが所属するインター・チームのリーダーとしてメンバーを気にかけている。
青村 芽衣子(あおむら めいこ)
解の姉。王立みずべの公園市国大学に通う現役大学生で、みずべの公園市国から正式な徽章を受けた幸福安心員会の正規メンバー。厚生幸福省の指示により緑川初音を自宅で預かっている。
サイレン
みずべの公園市国のあらゆるものを管理する、完璧な女王様。その幸福と安心の歌は、市国民すべてに絶対の「幸福義務」を課す。
キューレボルン
サイレン女王に忠誠を誓う
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