2月になって、執筆時点の日本では都知事選がなにやら盛り上がっているようだけれど、なんだかぼくとしては猪瀬直樹に復活してほしい気分だし、ずいぶん遠いところの話に思えて(というのも、本当に遠いところにいるからだけれど)いま一つ現実味がない。今後報道を見るうちに争点とかも見えてきて、少しは興が乗るものになるだろうか。
さて、今回はご報告から。前回も読んでいたカルロス・フエンテス『Terra Nostra(我らが大地)』、読み終えた! いやー、しんどかった。マドリードにある王宮エル・エスコリアルの建設を核に、その王宮での完全な秩序と安定を目指すフェリペ王と、その周辺で幾重にも転生する人々の織りなす円環的な変化と多様性とが衝突し……という話。
英訳で読んだものだし、きちんとした感想は長くて面倒だしすでにブログのほうに書いたので、そちらを参照してほしい。別の人の紹介が見たければ、木村栄一『ラテンアメリカ十大小説』(岩波新書)に紹介されているのでご一読を。ただ、ぼくはこの本での紹介はほめすぎだと思う。確かに、ボリューム的には十大小説に入れてもいいし、力作、野心作なのは確かなんだが……まさにその野心と力こぶの入れ方が、くどさと説明臭さにつながり、小説としての面白さを殺してしまっているように思う。やっぱりフエンテスは、すべてを非常に精緻に計算して構築した短編や中編が真骨頂で、フエンテス『アウラ・純な魂』(岩波文庫)の特に表題作は、完璧な短編小説とまで言われている大傑作。うざい説明など一切なしに、780ページの『我らが大地』とほぼ同じテーマを、はるかに簡潔に語りきっている。名作なので是非どうぞ。
そして、ぼくがカンボジアにきている間に突然話題になったのが、ご存じSTAP細胞。こちらの日刊紙ですら大きく取り上げられているほど注目されているのはまちがいないが、このカンボジアで入ってくる日本のニュースは、多くの人が嘆いていた日本の劣悪なゴシップとプライバシー侵害マスメディア報道のおかげで、細かいことがあまりわからない。それでも革命的な業績ではある。一般細胞をちょっと酸につけるだけで万能細胞に戻せる??!! なんじゃあそりゃ!
今後たぶんもっとまともな紹介は出てくると思うけれど、たまたま(ホント、自分でも驚くほどの偶然ではあるが)こちらに持ってきていた本が、話の理解にずいぶん役立っている。それが、太田邦史『エピゲノムと生命』(ブルーバックス)だ。基本はエピジェネティクスの解説書となる。ある生物においては、肝臓細胞も心臓細胞も皮膚細胞も、みんなDNAは同じだ。でも、培養すると心臓細胞は心臓になるし、肝臓細胞は肝臓になる。つまりDNAだけでその細胞のあり方が決まるわけではないということ。なぜそんなちがいが出るのか? 何がそれを伝えているのか?
エピゲノムは、まさにそのDNA以外で遺伝や細胞形成を左右するもののことで、エピジェネティクスはこれらを扱っている研究領域ってこと。この本の表現を借りるなら、DNAは服を着ていて、その服でいろいろな働きが決まる。その服によって、DNAの情報のごく一部だけが使われるようになったり、決まった作業だけを繰り返しやるようになったりする。当然ながら、これはまさにSTAP細胞やiPS細胞の課題でもある。人間の細胞は、かなり早い時期に機能が固定されてしまう。でもiPS細胞やSTAP細胞は、それを戻してしまう。上の例えを使うなら、服を脱がせてしまうわけだ。
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