一故人

春日野八千代—宝塚男役という「虚構」を生きた80年

AKB48など多くのアイドルグループが活躍する中、2012年8月に宝塚歌劇団の春日野八千代氏が亡くなった。現役最年長として、まさに20世紀から21世紀までを生き抜いた彼女について、近藤正高さんが論じます。

宝塚歌劇の発展期に入団

2012年8月に行なわれたAKB48の初めての東京ドームコンサートでは、その初日(8月24日)、2005年の結成当時からのメンバーである高橋みなみが「総監督」に指名された。以前より「AKB48の良心」などと呼ばれグループをまとめる存在であっただけに、この新たなポジションにはしごく納得がいく。

AKB48のコンサートが開催された数日後の8月29日、宝塚歌劇団の現役最年長だった春日野八千代が亡くなった。このときぼくがとっさに思ったのは、高橋みなみと対談してほしかった、ということだった。突飛な発想と思われるかもしれない。たしかに100年近い歴史を持つ歌劇団と、ブームのさなかにあるとはいえ、将来的にまだ不確定な要素もはらんだアイドルグループとを並べるのは無理があるようにも思う。

しかし、ぼくはむしろまだ未知数の存在だからこそ、伝統ある宝塚に学ぶことは多いのではないかと考える。そのうえ、いまや国内外に姉妹グループが拡大したAKB48グループを束ねる役割についた高橋と、入団以来80年以上の長きにわたり現役であり続け、宝塚のシンボルともいうべき存在であった春日野には、どこか位置づけとして似たものを感じてしまうのだ。

春日野八千代は1915年、神戸市に生まれた(本名・石井吉子。吉は正しくは土に口)。その2年前の13年には同じ兵庫県の宝塚の地に宝塚歌劇団の前身である「宝塚唱歌隊」が誕生し(同年中に「宝塚少女歌劇養成会」と改称)、翌14年に第1回公演を行なっている。設立したのは、阪急・東宝グループの創始者である小林一三(いちぞう)だ。阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道は、大阪の梅田からその社名の示すとおり有馬温泉(神戸市北区)にいたる路線を計画したものの、けっきょく手前の宝塚停まりとなる。これが現在の阪急宝塚本線だが、小林はその旅客獲得のため、宝塚に温泉を中心とするレクリエーション施設をつくり、そこでの余興として少女歌劇を発案したのだった。

宝塚歌劇が日本の芸能団体のなかでも特異なのは、学校を核にした組織モデルをとっていることだ。1919年、宝塚音楽歌劇学校(現・宝塚音楽学校)が学校法人として認可され、以後その生徒と卒業生により「宝塚少女歌劇団」(のち1940年に現在の宝塚歌劇団と改称)を組織するという、現在にまでいたるシステムが確立された。ここには、旧来の女の芸能者たちにつきまとった、「芸とともに体も売る」といったイメージを払拭するという小林の思惑があった。こうしたシステムゆえに宝塚の演技者は「女優」ではなく「生徒」と定義され、結婚すれば退団というルールがいまなお守られている。

貿易商をしていた春日野の父親が、ひとり娘を宝塚音楽歌劇学校に入れようと決めたのも、この学校という形式に信頼を寄せたからだった。もともと小林一三に傾倒していた父は、音楽歌劇学校の規則書を取り寄せると、カリキュラムが普通の女学校とほとんど変わらないうえ、ダンスや日本舞踊の科目もあることを知り、虚弱体質の娘にはこの学校のほうが向いているのではないかと考えたらしい。

1928年春、春日野は音楽歌劇学校の入試に合格し宝塚入りする。時期的にはちょうど、フランス留学から帰国した演出家・白井鐵造が、当時パリで流行していた「レビュー」というスタイルを持ちこみ、今日の宝塚の基礎がつくられた頃だ。このレビュー路線は大当たりし、さらにOSK(大阪松竹歌劇団)やSKD(松竹歌劇団)といった松竹少女歌劇団系レビューという強大なライバルによって磨きをかけられた(川崎賢子『宝塚というユートピア』)。

本物の男と間違えられるまでに男役のスタイルを追求

宝塚といえば、いまでは男役のイメージが強い。春日野はその先駆け的存在であり、「白薔薇のプリンス」と呼ばれ人気を集めた。しかし初期の宝塚では男役と娘役は流動的であり、髪型も全員お下げ髪、男役は髪を帽子で隠して男装していたという。むしろ先行したのはライバルのSKDで、1930年にはターキーこと水の江滝子が髪を短く切って(当時の言葉でいえば「断髪」して)舞台に登場し、一躍評判となった。ここから「男装の麗人」なる流行語も生まれた。

これに対し宝塚の劇団側はこの言葉を嫌い、男役についても舞台の外での女らしさをアピールし続けた(袴田麻祐子「「少女による」歌劇から「少女のための」歌劇へ」)。というのも、女学生同士の心中などが新聞をにぎわせていた当時、「男性の麗人」の語には同性愛やエロティシズムのイメージも強かったからだ。それでも宝塚でもしだいに断髪する者が増えていく。春日野もそのひとりだった。

先日、『嵐にしやがれ』というテレビ番組(2012年10月20日放送分)に現役の宝塚の男役スターたちがゲスト出演し、舞台だけでなく普段からファンの目を意識して男役らしく振る舞っているということを語っていた。これは、先に書いたようなかつての劇団側の意向にはまったく反するものだ。

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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