無想庵物語(山本夏彦)1

今回は、『週刊新潮』の連載「夏彦の写真コラム」や『諸君!』の連載「笑わぬでもなし」などのコラムで知られた山本夏彦の『無想庵物語』を取り上げます。谷崎潤一郎や芥川龍之介らと同じ時代に生きた作家でありながら、現代ではあまり言及されることのない作家・武林無想庵。山本はなぜ武林無想庵の評伝を書こうと思ったのか? 全4回に分けてお届けします。

山本夏彦はコラムニストか?

 著された時代ではそれほど困難なく多くの人に読まれたのに、その時代が過ぎ去ったかに思えるころには独自の難解さが感じられる本がある。すべての古典がそういうものかもしれないが、コラムニスト・山本夏彦が昭和の時代の最後に著した『無想庵物語』には、平成という時代が過ぎていく意味を細い糸で丹念にかがるような難解さがある。平成の時代が四半世紀を超えたという意味でもあるが、簡素に問うこともできる。山本夏彦とは誰か。『無想庵物語』とは何か。


夢想庵物語(文春文庫)

 山本夏彦は一般的にはコラムニストと言われている。1973年から連載を開始した文藝春秋社のオピニオン月刊誌『諸君』のコラム、「笑わぬでもなし」は死の直前まで30年近く続いた。1979年からは新潮社の看板週刊誌『週刊新潮』に「夏彦の写真コラム」の連載を始め、1999年には連載1000回に達した。その記念会には当時の首相であった小渕恵三氏も出席した。多数の読書人が月刊誌・週刊誌で彼のコラムを読み続けた時代があった。

 コラムニストとなる経緯は、彼が1955年に創刊し自ら編集者となったインテリア専門誌『木工界』(1961年に『室内』改称)に、1959年から寄せた「日常茶飯事」という連載コラムがきっかけである。これがコラム集としてまとめられ、同誌と同じく工作社から1962年に出版された。コラム第二集は1967年に文藝春秋社から花森安治の装幀で『茶の間の正義』として出版された。その後、コラムニストとして人気を高め、1971年には第三集のコラム『変痴気論』を毎日新聞社から、また週刊朝日に寄せたコラムを実業之日本社から『毒言独語』として出版した。原稿用紙で見れば数枚の短いコラムが多いが、世相を斬る毒舌がさえている。政治的な立ち位置としては左翼的な知識人の欺瞞を揶揄することから右派とも見られていた。

 彼は、だが本当にコラムニストだったのだろうか。コラム集を読めばそれ以外に呼びようがない。それなのにコラムニストとして名声を高めていくなかで、山本夏彦という人のなんとも言いがたい暗さは際立ってきた。ユーモアのなかには救いようのない虚無も潜んでいる。どうにも尋常とは言えない過去を秘めていることを読者は察してきた。

 そもそも彼は1939年(昭和14年)、24歳のときにフランス語の童話『年を歴た鰐の話』を翻訳し、『中央公論』に掲載している。この作品は1941年に児童書として桜井書店から出版もされ、版を重ねた。20代前半にしてフランス語を縦横に解する文学者であったと評価してもよいはずだが、コラムニストとして世に頭角を現したのは40代後半である。20年間にわたり彼は、彼自身のなかの文学を殺していたに等しい。コラムニストとして名声を得るなかでも、彼はその青年時代の作品の復刻を認めなかった。戦前の作品を否定したいということではなく、桜井書店の店主・桜井均との思い出にまつわることだったらしいが謎めいてはいた。なお、幻の同書がようやく文藝春秋社から復刻されたのは、彼の一周忌を前にした2003年のことだった。優れた作品だった。改めて人々は山本夏彦という人間の不思議さに打たれた。

『夢想庵物語』に描かれた青年・山本夏彦の二つの物語

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