「ニコ動だったらしょうがない」というイメージをつくってきた
川上 ニコニコ動画って、ユーザーの個人情報を勝手にさらすということをよくやるんですよ。
—— えっ、例えばどういうことですか?
川上 前回お話しした、ゲームに勝った人のIDとそのとき見ていた動画を発表するとか、100万人目のユーザーのIDを公にするとか。実際には個人情報ではないですよ、ニコニコ用に設定したIDですから。でも、そういうことを、あえて許可をとらずにやるっていうのがポリシーなんです。
—— ……普通の会社だったら、クレームを恐れてやらなそうですよね。
川上 そうだと思います。でもニコ動は、やる。長期的にニコ動が自由な場であるためには、会社がクレームに対して鈍感である体質をつくることが重要だと思っています。
—— クレームに対して鈍感である体質。
川上 日本って、自粛する社会なんですよね。クレーマーが文句をつけてくると、戦うより先に「申し訳ありません」と要望を受け入れて、どんどん自粛する範囲を広くしていく。テレビ局なんか完全にそうだから、ふれられない話題ばかりですよ。
—— 普通はクレームが来て、売上が落ちたり、ユーザーが離れたりするのが怖いから、ニコ動みたいな挑戦をしないわけです。そういうことは怖くないんですか?
川上 あまり落ちないし、そんなことでユーザーは離れないと考えています。むしろ、クレームに逐一対応するほうがリスクじゃないでしょうか。一度対応すると、次回も対応せざるを得なくなる。「今度は対応しないなんておかしい」と評判が下がるから。どんどん言いなりになるしかなくなるんです。その場をおさめるには言うことを聞くほうが楽かもしれませんが、将来的にはマイナスになると思います。
—— 前回の、UI(※1)変更のお話ともつながりますね。
※1 ユーザーインターフェイスの略語。コンピュータを操作するときの画面表示、ウインドウ、メニューの言葉などの表現や操作感
川上 そうです。普通の会社だったら、1回ダメなUIにしたらボロクソに言われて炎上して、もとのUIに戻しちゃったりするかもしれない。でも、ニコ動はクレームへの耐性があるから大丈夫なんです。まあ、炎上してるといえばしてるんですけど(笑)、いまではユーザーさんたちもなんとなく「言っても聞かないだろうな」って諦めてくれていると思います。
—— ちょっとくらいの不満を呼んでも、自由度を確保する方が重要だと。
川上 はい、そう思います。ネットサービスを運営する上で、自由度を確保するのはとても重要なことです。簡単に言うと、「この会社だったら、しょうがないな」と思われるポジションをつくること。
—— そのポジションは、どうやってつくってきたんですか?
川上 ニコニコ動画が始まって最初の1、2年は、運営からのメッセージやコメントを全部僕が見ていたんですよ。見ていたというか、ほぼ自分で書いてました。
—— 「お知らせ」などの文章ですか?
川上 そうです、そうです。そこで、「しょうがないな」っていうイメージがつくようなことを発信していました(笑)。
—— そんなところを川上さんが書いていたとは! たしかにそういうところでアグレッシブなコメントを書くのは、責任者にしかできないことですね(笑)。それで、自由度を高めるのは、会社としてのクリエイティビティを担保するためなんですか?
川上 ポジティブに言えばそうですね。でも、それよりも「官僚主義に陥らないようにする」というほうが近いかな。
—— つまらなくならないようにする。
川上 そうです。会社が大きくなると、いやおうなしにことなかれ主義になっていきますから。
—— たしかに。クレームが来てもいいというのは、ことなかれ主義の真逆ですよね。
ニコニコ動画は5年もてばいいと思っていた
川上 でも、こういうやり方がうまく機能しているかって言うと、まあ、いろいろ失敗もしています。特にニコ動は、組織としても、サービス運営としても、問題が山積みです。
—— 最近の業績など、結果を見ると相当うまく機能しているように見えるのですが……。
川上 いや、帳尻を合わせているだけですよ。ニコ動が始まった当初って、実は「5年くらいもてばいいか」くらいの、ショートタームで考えていたんです。
—— そんなに短かったんですか!
川上 そう考えているうちに、7年目になってしまった。すると、最初の構想で5年くらいしか考えていなかったために見落としてきた部分や、その場しのぎで放置してきた部分が、ひずみとなって現れてきた。それらを解決するのが、今の課題です。ドワンゴという会社の組織にしても、5年くらいで考えていたから、人を育てるという発想がなくて。それにいま苦しめられていますね。
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