世間の期待は、意外と正しい
茂木 もう一つ考えて欲しいのは、世間の人が自分に期待していることと、自分がやったほうがいいと思っていることは、意外と乖離しているってこと。世間って賢いもので、この人に何をしてほしいっていう適材適所みたいなことを、けっこう適切に考えてるんだよ。
Tehu どういうことですか?
茂木 たとえばおれはね、学術的なこと以外でも、頼まれるがままにそりゃもういろんなことをやってきたんだ。紅白の審査員もやったし徹子の部屋も出た。そういうことは今でもやってて、自分で言うのもなんだけど、一般向けの講演とかすごくうまくなったと思う。で、講演したらみんな盛り上がってくれて、それはそれで楽しいんだけど、彼らがおれに対して、「おもしろい講演をしてくれるおじさん」でいてほしいとは思ってないのもわかってる。
北川 ああー、なるほど……。
茂木 やっぱりね、クオリア(※1)の謎を解明するとか、そういうことに挑戦してほしいと思われているんだなあ。
※1 私たちの感覚に伴う独特な質感を表す概念。苺の赤い感じ、映画を見てワクワクする感じ、など
Tehu そうなんですね。
茂木 だから、いまTehuには、講演とか、コラムの連載とか、本の出版とかいろんな話が持ち込まれると思うけど、世間が最終的に期待しているのは、そこではなかったりするかもしれないってこと。わかるよね、言いたいことは。
Tehu 世間にどんな期待をされているかは、どうやってわかるんですか?
茂木 やってみないとわからないかもね。
Tehu そうですよね。だから僕もいろいろやってみようと思うんです。
茂木 うん、やってもいいんだけど、ちょっと先のタイムラインを生きている人ができることっていうのは、自分が経験したことをあらかじめ伝えておくことだからさ。
北川 この話、おもしろいですねえ。例えば茂木さんは、世間の期待がクオリアの研究にあるって、どのへんで感じるんですか?
茂木 ちょっとしたことだよ。たとえば、おれ、東京工業大学で研究室を持ってるんだけど、その学生に「なんでおれの研究室に来たの?」って聞くと、意識やクオリアに興味があるからと答える。その研究室は意識やクオリアをメインに研究してるところじゃないのに、だよ。
北川 ああー……。
茂木 おれの研究室にいることで、彼らもちょっと有名人に会ったりすることがあって、それはそれでうれしそう。でもね、そこに真の欲求があるのかと言ったら、ないんだ。
北川 茂木さんは、本質的すぎるのかもしれませんね。
茂木 そうなのかなあ。世の中にはメディアに出ることが最大の目的で、それが達成されれば満足っていう人もいるから、何が本質的な欲求かはその人にしかわかんないけどね。
北川 お話を聞いて、思い出したことがあります。僕以前、高校生の前で講演する機会があって、そこで彼らの期待を読み間違えたな、と思ったことがあったんです。彼らはきっと僕に「すげー!」と思わせてくれる話を期待していたのに、中途半端に話を合わせて、憧れの存在になりきれなかった。
茂木 うん、うん。
北川 それと同じで、Tehuに対しても、一般の人が楽しめるものをつくるクリエイターっていうより、もともと持っている能力を活かして、もっと遠くのスーパースターでいてほしい、と思ってる人がいるかもしれないってことですよね。
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