三橋翔太[15:00]
そのとき、いろいろのが、いちどきに動いた。
でもおれがいちばんさいしょに動いた、どっかの客が立ち上がってなんか叫んだのと同じタイミングだ、たぶん「あたしいやでっさいん!」とかゆってた、けばい女の客だ、よくわかんねい。
「ふぁぶり」がケータイのボタン押すの止めた、わりとほんとちょっとだけそっち見た、横を見たんだ、気をとられた。
隙だ。それが隙ってやつだ。
おれずっとそれ待ってた、さっきおとなしく目つぶってみたのもぜんぶそれだ、目つぶっても「ふぁぶり」のやつがどのへんにいるか分かるかどうかだ、それを試した、そしたらじーっと睨んでたからちゃんとわかった、そおゆう間合いがいちばん喧嘩のとき大事だ、だからおとなしく目つぶったりした。
おれはまず両肘が動いた、左右の斜め後ろぎみに跳ね上がった、かんぺき同時だ、ずっと待ってて頭んなかで百ぺんもくりかえしくりかえし練習したとおりだ、それで「がすぱある」と「いんじゃんじょお」の鼻の骨いっぱつで砕く、感触でわかる、これは入ったってな。
それくらいわかんねいと、喧嘩なんか勝てねいよ。
「ふぁぶり」、まだ気づいてねい。
時計のはりが、あのいちばんほそいやつだ、「びょう」のやつがまだ動いてなかった。おれ見えた。喧嘩のときはいつもゆっくりはっきり見える。おもしれいんだ。だからまだ一びょうたってねい。
「ふぁぶり」がすげえゆっくりとふりむく、こっちに顔もどす。
よし、いける。
おれの右腕がのびる。トウコにむかってのびる。トウコの頬のとこにむかって。「ふぁぶり」のナイフがそこにある。のびるのびる。すごい勢いでのびる。まだ「ふぁぶり」の目の焦点はおれにあってねい、まだおれの左の「いんじゃんじょお」の横くらいにある、よし!
とどいた!
おれの右手が「ふぁぶり」のナイフをつかむ。刃んとこをもろにつかむ。ぐっと刃の真上からつかむ、そうすると切れねい。むりやり引っこ抜かねいかぎりは。でもどっちみち「ふぁぶり」はナイフ引っこ抜かねいよ。そこはかけてもいいぜ。
だって「ふぁぶり」は騒ぎおこしたくねいからだ。
さっきからトウコ脅してるナイフ見えねいよおにしてんのは、そおゆうことだ。
おれ脅すだけなら、こんな店、入ることねいよトカレフあんだからな、それにべらべら話する意味もねい、どっかの空き地でトカレフつきつけりゃいい。
けど、やつはそうしなかった。
おれらに、てめえの力をみせびらかしたかった。
こんな人がたくさんいるとこでもよゆうなんだぜ、てめえのほおが圧倒的に強ええんだぜってとこ見せつけて、そうやっておれらの心を折っちまおうって思った。
ばーか。
あまいんだよ。
「ふぁぶり」の目が「いんじゃんじょお」とおりすぎる、おれの顔に焦点があう。けどまだ「ふぁぶり」はおれの動きをわかってねい。見えてんだけど、わかってねい。
にんげんの目ってのは、見ても、わかるまでに、ほんのちょっとだけおくれる。
これは喧嘩の基本だ。
目は速い。けど頭はおそい。
おれの右手が刃をかんぜんにつかむ。ひねる。手首ごと外側へひねる。こうすると手は動けなくなる、刃はトウコの頬からずれる。
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