私市陶子[15:00]
その瞬間、多くのことが同時におこったのです。
「──人の趣味を冗談呼ばわりするのは、良くない態度だなあ。じゃ、これから別件で電話しなきゃいけないから、またね!」
ファブリさんは
「あ、これ?」
私の目線に、彼は答えてくださいました。
「おじさんたちが探してる例の携帯電話にね、一時間にいっぺん、かけてみてるんだよ。ほら、どこかの親切な人が拾ってくれてるかもしれないからさ。さっき言った若手には五分おきにやらせてるんだけど……どうやら電源がオフになってるらしくって、今朝から一度もつながらなくてねえ。でもまあ万一ということも──」
そして彼はふと、右のほう、つまり店の奥の喫煙席のほうに目をやったのです。
私もまったく同時に、そちらのほうを見やります。
なぜといって、そこでは女のかたが一人、何の前触れもなく立ち上がり、
「……あたし! いやです! サインしません!」
と大声で怒鳴ったからなのです。
けれど、ほんとうにびっくりしたのは、そのことではありません。
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