三橋翔太[14:04−14:41]
このやろ、「ふぁぶり」とかいうやつ、ちくしょお。
おれ、どうにもならねい。
さっきから刃物でぴったり、トウコがずっと狙われてる、近すぎる、おれが本気でつっかかってもおれがやられるだけなら何とかなるけど、でもそうじゃねい。
このやろ、ぜっていトウコを襲う。
おれなんか目もくれねいで、あのナイフでトウコを襲う。
こいつ、まじで本気だ、おれにはすげえわかる。
だめだ
はじめはナイフじゃなくて拳銃だった、トカレフだ、わりとやばい、だからおれ車に乗った、ジャガーXJSだ、それでどっかのファミレスに行った、トウコなんとかしなくちゃって思って。
でもだめだった、クツぬげっていわれてしょうがねいからぬいだ。
このやろ、おれの心わかってる。
おれがトウコが人質だから、ぜっていあぶねい目にあわせねいって決めてて、だからぜってい動けねいって、完全に読み切ってやがる。
目の動きで読まれちまってる。
ちくしょお。
そしたらゲームやろおぜとか言い出した、どうせインチキすんだろ、そしたら「ふぁぶり」のやつ、インチキはぜっていしねいとかゆった。
「安心してくれ。このゲームでおじさんはズルなんかしないよ」ってゆった。
本気だ。こいつ嘘ついてねい。
だからおれ、目つぶった。
私市陶子[14:41−14:46]
「想像してみよう……君たち二人は今、暗くて狭い一本道の洞窟の中にいる。空気は冷たく湿っていて、なにひとつ物音はしない。灯りは、手にかかげた古いランプだけ。しばらく進むと洞窟は二股に分かれていて、分岐点にはこんな立て札が立っている。
──〈いつの世にも絶対に正しい真理は、三つだけ存在する。
第一、命よりも大切なものは……ないなら右へ、あるなら左へ進め〉
さて 、どっちに進む?」
「みっ……右へ」
私は答えました。ミツハシさんの声は聞こえません。
「返事がないってことは、彼女に賛成でいいのかな?」
「ああ」
「よろしい。正解だ」
冷たい風が私の肌に
「しばらく進むと、また二股がある。第二の分岐点だ。こんな立て札が立っている。
──〈絶対に正しい真理、第二。
命を守るためなら、どんなことをしても……いいなら右へ、よくないなら左へ〉
どっちに進む?」
「…………」
私たちは、二人とも答えません。
「なんなら相談してもいいよ。その間は作戦タイムってことで、お互いに質問してもOKとしようか」
「──ミツハシさん?」
私の震える言葉に、小さな唸り声が木霊のようにかえってきます。
「わ、私は、み、右だと……思うのですけど……」
「じゃあ右だ」
ミツハシさんの即答が、私の暗黒の視界にきらめきます。
先生。私、答えに自信がありません。問題が、あまりにも漠然としすぎています。でも、質問をしたら私たちの負けなのです。
「うん。正解だ」
ファブリさんの声は、ひどく遠いようでもあり、また耳元でささやくようでもありました。
「では最後の分岐点。看板の文字は、こうだ。
──〈絶対に正しい真理、第三。
一たす一の答えは……二なら右、三なら左〉
さあ、どっち?」
「右だ!」
ミツハシさんでした。
駄目です、駄目です! 私は警告しようとしました。けれど私の口は恐怖に凍りつき、それよりも先にファブリさんが宣告しました。
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