徳永準[14:29]
双子の女の子……それとも女の人だろうか……の声がする。
伊隅もどこか近くにいる、でもぼくには見つけることができない
「ああ、そんなやったら寒いやろお。これ貸したげるからあ」
赤いコートが、ふわりとぼくの体をつつむ。
「せやせや、自己紹介しとかんと。わたしらな、
ひとつのコートにくるまった二つの同じ顔が、そろって喋る。
「初めはべつに問題ないわーそれも
闇色の雲がひろがっている。あっというまに森は暗くなる。そうだ、森だ。ぼくはあの森の中にいるんだ。いつのまに電車を降りたんだろう。
胃の痛みも、吐き気も消えている。目眩だけがいつまでも残る。雲もぐるぐる、森もぐるぐる。
曲がりくねった道、深い深い深い森。どこかで水の音がする。カラスがせわしく鳴いている。風には雨の気配がある。赤いコートがぐるぐる回る。
ブナの木蔭に、溶けたクレヨンのような不思議な建物がある。屋上には、錆びた巨人の黒い影。
「ああ、気にせんでもええよ。だいじょうぶ、襲って
波美の声。それとも凪の声。
暗い繁みの奥に、青い三角テントがあった。
「ほおら、もう着いたて。いま、じいさんに紹介したげるわ。──〈死にかけ〉のじいさん、いてるう? お客さんやでえ?──」
私市陶子[14:28−14:41]
「ある人物が……まあここではピンクの背広君とでもしておこうか……そのミスタ・ピンク背広が、本日未明、吉祥寺駅南口の繁華街で腹部を刺されて、意識不明の重体となった」
ファブリさんが語りはじめます。
私たちが黙ったままでいたためか、「じゃあ説明しちゃうよ、おじさん。いいね? 後悔しないね?」と言うが早いか、お話が始まってしまったのです。
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