パート5. 大人はわかっちゃくれない 私市陶子[14:22−]

細いナイフの切っ先は、私の手の甲を滑り、そのままゆっくりと肩をかすめ、喉をくすぐり、頬と鼻の間の窪みで止まりました――高校2年生、徳永準の自殺予告メールがネットに流出しました。頭脳派、お人好し、リーダー気取り、犯罪者まで入り乱れて彼と彼を導く殺人鬼(?)〈17〉に迫ります! 15人24時間の大晦日から始まる群像サスペンス長編、link oneに引き続きこっからが本番! 読みはじめたら止まれない、ライトノベル史上〈もっとも長い一日〉をご堪能ください。(イラスト:箸井地図)

私市陶子[14:22−14:28]

 ファミリーレストランに一歩入りましたとたん、ファブリさんは嬉しそうに深呼吸をなさいました。
 ファブリさん、と言いますのは先ほどの三人組のうち三揃いの方のことです。これは私が思いついた綽名あだなではなく、御本人が車を運転なさりながら、囚われの身となった私たちに、
 ──あ、そうか。名前を言っとかなきゃね。おじさんのことはファブリって呼んでくれる?で、後ろの車に乗ってるあの二人はおじさんの部下で、ガスパールにインジャン・ジョー。
 とおっしゃったからです。
 ファブリさんは、そう宣言なさってから、それがなにかとてもよくできた冗談だとでもおっしゃりたげに、ハンドルに半ばお顔を埋められてクスクスと笑われました。
 ちなみに太った赤鼻さんはガスパールで、大柄の色黒さんのほうがインジャン・ジョーでした。

 そこは《浪漫亭ろうまんてい》という名前の、大正時代風に意匠の統一されたお店でした。店内の表示も、すべて昔の漢字で右から左に書かれています。武蔵野緑町店、と看板にありましたが、あいにく東京の地理にはあまり明るくありませんので、どのあたりかはよく分かりません。
 窓際の六人席を、ファブリさんは指定なさいました。案内してくれたウェイトレスさんも、もちろんカフェーのメイド風です。
 私は窓側に座るよう促され、隣の席にファブリさんが腰をおろされました。つまり、私はファブリさんが動いてくださらないかぎり、お店を出るどころかお手洗いに立つこともできないのです。
「いやー、いっぺん来てみたかったんだよね、この店。憧れだったんだよ。関東ローカルのチェーンだから、おじさんの近所にはぜんぜんなくってね」
 五人分のドリンク飲み放題を注文し終えるや否や、ファブリさんは喋り始められました。たいそう上機嫌の御様子です。
「とくにこの店舗にね、来てみたかったんだ。いいよねえ、このへん。すぐ裏が成風館高校フーコー。で、あっちに大学部の校舎と公園があってね。ほんとはおじさん、成風館大学フーダイに行きたくてさ。おじさんの双子の弟は合格したんだけど、あいにく──そうだ、知ってる? このへんの土地、昔はぜんぶ戦闘機工場だったんだよ。それから米軍の宿舎。そのあとプロ野球の球場もつくられてね。三鷹駅から引き込み線が設けられて、お客さんを運んだんだ。今でも跡地は遊歩道になって……ええと、なんの話だっけ。ああそうだ。じゃ、まず君、ミツハシ君。靴を脱いで」

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15×24(イチゴーニイヨン)link two 大人はわかっちゃくれない

新城カズマ

高校2年生、徳永準の自殺予告メールがネットに流出しました。彼を救うべく懸命に彼を探す捜索隊、否応なしに巻き込まれる者、別の思惑を抱くもの、そして殺人鬼まで……!? 15人24時間の大晦日の長編群像サスペンス、こっからが本番です! 読み...もっと読む

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