結城浩です。 このたび、以下の通り「2014年度日本数学会賞出版賞」を受賞いたしました。
2014年度日本数学会賞出版賞 - 日本数学会
これはたいへん光栄なことと思っております。 ひとえに結城の活動を応援してくださるみなさまのおかげです。
執筆を中心とする活動にこれからも励んでいきますので、 ご指導のほど、よろしくお願いいたします。
心からの感謝を込めて、ご報告いたします。
(第68回の続き)
屋上にて
僕「あ、テトラちゃん!」
テトラ「先輩! お昼ですか?」
僕「横、座ってもいい?」
テトラ「もちろんです」
僕「えっと……テトラちゃん、僕を待ってた?」
テトラ「というわけでもないんですが……ふと、良い天気なので屋上に行ってみようかなと」
僕「それで、レイジースーザンは元気?」
テトラ「え?」
僕「テトラちゃんと屋上で話していると、いつもレイジースーザンが出てくるから」
テトラ「そ、そうでしょうか」
僕「ごめんごめん、冗談だよ。最近はどんな問題を考えているの?」
テトラ「あのですね……特にこれという問題を考えているわけではないんですが、気になっていることがあります」
僕「数学で?」
テトラ「はい、数学なんだと思います。でも、数学の問題かもよくわからなくて、 あの、もやもやっとしていて、まだあまり言葉にできないんですが」
僕「《言葉大好きテトラちゃん》にしてはめずらしいね! どんな問題なんだろう」
テトラ「いえ、問題といいますか……テトラの話、聞いていただけますか?」
僕「もちろん、いいよ」
テトラちゃんの話
テトラ「たとえば以前、先輩は円順列のことをご説明してくださいました」(第61回参照)
僕「ああ、あったね」
$5$ 個の席が円形に配置されている丸テーブルがあり、 そこに $5$ 人の人が座る。 このとき、着席方法は何通りか。
テトラ「先輩は《円順列》を《順列》の問題に帰着して解きました」
僕「うん、あれは、誰か一人を固定すれば残りの人の順列の問題だからね。 $n$ 人が丸テーブルに座る場合の数は $(n-1)!$ 通りになる。 $n$ 人の円順列を $n-1$ 人の順列の問題に帰着したんだった」
$5$ 個の席が円形に配置されている丸テーブルがあり、 そこに $5$ 人の人が座る。 このとき着席方法は、 $$ 4! = 4 \times 3 \times 2 \times 1 = 24 $$ 通りある。
( $1$ 人を固定しておき、残りの $4$ 人を一列に並べる順列として考える)
テトラ「それです。 $n$ 人の円順列を $n-1$ 人の順列の問題に帰着……その《帰着》って、何なんでしょうか?」
僕「何……って、何?」
テトラ「ここからうまく言えなくなるんですが、円順列を直接解くのではなくて、順列に帰着して解きました。 そのお話を聞いて、なるほどと思いますし、理解もできます。 具体例を使って自分の理解を試すこともできます」
僕「うん。でも?」
テトラ「でも、あたしはまだ《わかってない感じ》がするんです。円順列の問題はわかった感じがします。問題も解けますし、説明もできます。 でもその問題を解くときに考えた《帰着》については、まだ完全にはわかっていません」
僕「ううーん……それは、それはずいぶん哲学的な話だなあ。こういうこと? テトラちゃんが考えているのは『ある問題を別の問題に帰着させるとはどういうことなのか』という疑問なの?」
テトラ「そうなんでしょうか?」
僕「いや、僕に訊かれても……」
テトラ「たぶん先輩のおっしゃるようなことなんだと思うんですが、あたしの中では《帰着》についての《わかってない感じ》が残っています。 とっても大きなモヤモヤで『まだまだわかってないぞ、油断するなテトラ』って言われているような気がするんです。 それで、どうも落ち着かなくて」
僕「言われているような気がする、か……」
テトラ「す、すみません。せっかくのお食事の時間に、こんなわけのわからないことを言い出してしまって」
僕「でも、あらためて考えてみると大事なことかもしれないなあ。帰着、ね……」
ポリアの問いかけ
テトラ「あの、先輩がおっしゃっていたポリアさんの問いかけの中にも、似ているお話がありました」
僕「『いかにして問題をとくか』に出てくるポリアのリストだ」
テトラ「はい。《似ている問題を知っているか》という問いかけ、教えてくださいましたよね」
僕「ああ、そうだったね」
テトラ「《似ている問題を知っているか》という問いかけで、円順列と似ている順列を思い出して、その問題に帰着……」
僕「ねえテトラちゃん。そういう意味では『なぜ帰着させるか』という疑問だったら、答えられるかも。つまり、難しい問題があって、それはそのままでは解けない。 だから、その難しい問題とよく似ている問題を見つけて、それを解くことでヒントをつかもうということだよね。 要するに《問題を易しくしたい》わけだ。そのために帰着させる」
テトラ「そう、ですよね。あたしも、そのご説明にとても納得します。 問題の解き方としては、納得します。 難しい問題を解く代わりに易しい問題を解くということですよね。納得です」
僕「うん。でも?」
テトラ「でも、あたしが気に掛けているのはそれとは違う話のようなんです。へ、変ですよね。自分が何を気に掛けているのかがはっきりしないなんて。 自分のことなのに」
僕「そういうことはあるよ。あ、もしかしたらテトラちゃんが気になるのは、《帰着させる問題をどうやって見つけるか》なのかな? さっきの、 円順列から順列の問題を見つけたみたいな、帰着する先の問題を発見するにはどうしたらいいか、で悩んでたりして」
テトラ「わかりません……」
僕「もし、そうだとしても、難しい問題を帰着できる易しい問題を見つける万能の方法はないと思うな。 それが自動的にできるなら、いろんな問題がぞくぞく解けてしまうだろうし」
テトラ「はい。自動的じゃないですし、万能でもないと思うんですが、ポリアさんの問いかけをうまく使うと、見つけやすくなるということはありますね。 《求めるものは何か》《与えられているものは何か》《図を描け》《名前を付けてみよ》……」
僕「そうだね。自分一人で考えているときに自問自答をする。そうすると、たとえ一人でいるときでも、まるで何人もいっしょに考えているような思いつきがあるし」
テトラ「そうですね……」
僕「あ、もしかしたらテトラちゃんはこういうことで悩んでるんじゃないかな。あのね、《とても難しい問題》を《難しい問題》に帰着させて、 《難しい問題》を《より易しい問題》に帰着させて、 そして《さらに易しい問題》に帰着させて……というのはいいけれど、 その《易しい問題を探す連鎖は無限に続いてしまう》という心配」
テトラ「い、いえっ! そんなにものすごいことは思いつきもしませんでした」
僕「そうなんだ……ううん、じゃあテトラちゃんが気になっていることはいったい何だろうなあ」
テトラ「あの、先輩?」
僕「うん?」
テトラ「なんだか、テトラの勝手なお話を、しかも《求めるものは何か》すらわからないのに、そんなに真剣に考えてくださって、すみません。ありがとうございます」
僕「いや別に、好きで考えてるだけだからいいんだけど。気になるよね。場合の数ではよく別の問題に帰着させるってことをよくやるからなあ。 《問題の言い換え》ってやつだよね」
テトラ「言い換え!」
僕「どうしたの、急に」
テトラ「何だかそのあたりに……あたしの気になっているものがありそうです」
僕「ほら、カタラン数のことを考えたときもそうだったよね。テトラちゃんは円形に並んだ人が《握手する場合の数》を数えようとした。 ミルカさんはそれを《波打つグラフの個数》に言い換えた。 数えやすいように《問題の言い換え》をした。 《問題の言い換え》は場合の数の問題を考えるときにはよく出てくる」 (第65回、第66回参照)
テトラ「あ! わかったかもしれません! あたしが気になっていること!」
僕「なになに?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに11巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)