講演集『数学ガールの誕生』が大好評です。 本書は、公立はこだて未来大学での講演と、出版関係者が集まる勉強会での講演をベースに、 大学教授・研究者・編集者とのフリーディスカッションを交え、 「数学ガール」シリーズがどのようにして生まれたのか、その秘密と魅力を明らかにします。 ぜひ応援してくださいね!

(第64回の続き)
屋上にて
テトラ「先輩! こちらにいらしたんですね!」
僕「やあ、テトラちゃん(あれ?)」
テトラ「ご一緒してもいいですか?」
僕「えっと……テトラちゃん、僕を探してた?(前も同じようなことがあったなあ)」
テトラ「え、というか……ふと、屋上に行ってみようかなと」
(ふと、屋上に……)と僕は考えながらパンをかじる。
僕「この間も屋上でおしゃべりしたよね」
テトラ「え、あ、はい、そうですね」
僕「何だかいつも数学の話になっちゃうけど」
テトラ「数学、楽しいです」
僕「それはいいな」
テトラ「先日の、数珠順列と円順列のお話はとても勉強になりました」(第61回参照)
僕「うん。でもそれほど難しい話じゃなかったよね」
テトラ「そうですけど、何というか、《問題の考え方》のようなものをいつも学べるので」
僕「へえ」
テトラ「そうです! あの続きで考えていることがあるんですよ。お話、聞いていただけますか?」
僕「もちろん、いいよ」
中華レストランの問題、再び
テトラ「先日、円順列を考えたときは《中華レストランの問題》から始まりました」
僕「ああ、そうだったよね。何だっけ、スーザン?」
テトラ「はい、Lazy Susanが乗っている丸テーブルですよね」
僕「それそれ」
テトラ「あのときは向かいの人と話しにくいから席を代わるということで、人が席に着く場合の数を考えたんでした。円順列です」
僕「うん、そうだったね」
テトラ「全然違う問題を思いついたんです」
僕「というと?」
テトラ「あのですね、席に着いてから入れ替わるのはお行儀が悪いですから、いったん座ったらもう動かないことにします」
僕「うん」
テトラ「それで、それぞれの人が《必ず誰か一人と握手する》というのは、いったい何通りあるのかと思ったんです」
僕「誰か一人と握手する……全員が?」
テトラ「そうです。ひとりぼっちになる人がいてはいけないですし、もちろん三人以上で握手するのもだめです」
$6$ 人の人が円形に並んでいます。 全員が、誰か一人と握手をします。 このとき《握手の仕方》は何通りありますか。
僕「なるほど」
テトラ「あ! 先輩! 答え言っちゃだめですよ!」
僕「いや、僕もまだよくわからないから大丈夫。テトラちゃんはもう解いたの?」
テトラ「はい。少なくとも $6$ 人の握手問題はすぐ解けて……あのう、先輩。あたしが考えた道筋を聞いていただけますか? この問題のことだけじゃなくて、 考え方が正しい道をたどっているのかも合わせて」
僕「うん、わかった。じゃあ、テトラちゃんが先生になって僕に教えてよ!」
テトラ「え……はい」
テトラちゃんが考えた道筋
僕「では、どうぞ。テトラ先生」
テトラ「やめてください……まず $6$ 人の人に名前を付けました。a,b,c,d,e,fです」
僕「なるほど。《名前を付ける》だね」
テトラ「そうです。名前を付けて、aさんが右のbさんと握手して、cさんはdさんと、eさんはfさんと握手します。たとえばこれで《握手の仕方》が一つできました」
僕「ちょっと待って。どうして下からa,b,c,d,e,fと名前をつけたの?」
テトラ「はい。最初は上から右回りにa,b,c,……としたんですが、aさんが《右と握手》というときにどっちが右なのかごちゃごちゃしたので、 aさんは下にしたかったんです」
僕「ああ、そういうことなんだね。おもしろいなあ」
テトラ「次に、aさんがこんどは左のfさんと握手する場合を考えます。さっきとは逆に、eさんはdさんと、cさんはbさんと握手して、もう一つ《握手の仕方》ができました」
僕「逆だね」
テトラ「それからですね、aさんは真向かいのdさんと握手します。残っている方々もそれぞれに握手します。これで《握手の仕方》は三つ目です」
僕「なるほど。テトラちゃんはaを基準にして場合分けをしているんだ」
テトラ「はい! そうです。そして、あたりまえのことですけど、aさんはcさんと握手することはできません。 なぜかというと、そうすると、bさんはひとりぼっちになってしまうからです」
僕「ひとりぼっち……そうか。握手は交差してはいけないんだね」
テトラ「はい」
僕「だったら、テトラちゃんの握手問題は、条件を明記した方がいいよね。つまり、握手する手は他人の握手と交差していけないという条件」
$6$ 人の人が円形に並んでいます。 全員が、誰か一人と握手をします。 このとき《握手の仕方》は何通りありますか。
ただし、一つの握手は他人同士の握手と交差してはいけないとします。
テトラ「はい、確かにそうですね。あたしは自分の中ではその条件を付けて考えていたんですが、《握手の仕方》という言い方だけだとはっきりしませんね」
僕「そうだね」
テトラ「それで、……そんなふうにして、あたしは $5$ 通りの《握手の仕方》を見つけました。これです」
$6$ 人の《握手の仕方》は以下の $5$ 通りになります。
僕「なるほど……そうだなあ。確かにこれでいいと思うよ」
テトラ「はい……あたしはここから、 $n$ 人の場合を考えてみようと思ったんです」
僕「《変数の導入による一般化》だね。 $6$ から $n$ へ」
テトラ「そうです!」
僕「その前に、さっきの $5$ 通りで気になることがあるんだけど、テトラちゃんは、こんなふうにaが誰と握手しているかで場合分けをしたんだよね?」
テトラ「はい、そうです」
僕「だったら、こんなふうにその場合分けをはっきりした方がいいんじゃないかな。aが右と握手するか、前と握手するか、左と握手するか」
テトラ「なるほど、先輩のおっしゃる通りです。あたしは、頭の中ではそのように考えていたつもりだったんですが、 そうは描かなかったですね……」
僕「いろいろ試行錯誤して考えて、結果を出すだけじゃなくて、《結果を振り返る》のは大事だよね。特にテトラちゃんは《もれなく、だぶりなく》うまい場合分けができたわけだし」
テトラ「はい! ……それでですね。あたしは人数を $6$ 人から $n$ 人に変えて、こういう問題を考えました。《変数の導入による一般化》です」
$n$ 人の人が円形に並んでいます。 全員が、誰か一人と握手をします。 このとき《握手の仕方》は何通りありますか。
ただし、一つの握手は他人同士の握手と交差してはいけないとします。
僕「なるほどね。ねえ、テトラちゃん。これはすばらしい一般化なんだけど、《変数の導入による一般化》ではちょっと注意がいるんだよ」
テトラ「注意といいますと?」
僕「《変数の範囲を明確に》する必要があるということ。たとえば、 $n$ は偶数だよね?」
テトラ「あ! そうですね。 $3$ 人だったら握手はできませんから。変数に条件が必要だというわけですね。 またまた失敗です! 《条件忘れのテトラ》ですみません」
僕「だから、《 $n$ は $2$ 以上の偶数とする》という条件を付けておくほうがいいよね。いや、それよりも最初から《 $2n$ 人》にして《 $n=1,2,3,4,\ldots$ 》にするのもいいな」
テトラ「なるほど! $2n$ 人としておけば必ず偶数になりますからね」
$2n$ 人の人が円形に並んでいます( $n = 1,2,3,\ldots$ )。 全員が、誰か一人と握手をします。 このとき《握手の仕方》は何通りありますか。
ただし、一つの握手は他人同士の握手と交差してはいけないとします。
テトラ「誤解されないように問題を作るのはたいへんなんですね」
僕「そうだね。こうやって話し合って考えているなら、必要に応じて確認し合えばいいけれど、テストだと誤解されたらたいへんだしね」
テトラ「はい……えっと、それで、あたしはまず $2$ 人の場合から考えることにしました」
僕「なるほど。《小さい数で試す》をやったわけだ」
テトラ「そうです!」
僕「テトラちゃんの考える筋道はとっても正しいと思うよ」
- 《名前を付ける》
- 《変数の導入による一般化》
- 《結果を振り返る》
- 《もれなく、だぶりなく》
- 《小さい数で試す》
テトラ「でも、これってぜんぶ先輩やミルカさんから教わったことなんですよ」
僕「いやいや、なかなかすごいと思うな」
テトラ「あ、ありがとうございます。いつもお世話になっています」
僕「で、二人で握手する?」
テトラ「恐縮です!」
僕「え?」
テトラ「え?」
僕「……いや、そうじゃなくて、二人の場合の《握手問題》のこと」
テトラ「え? あ、勘違い?! お、お恥ずかしい!」
僕「でも、そういえば、僕もテトラちゃんと話していつも勉強になっているよ。こちらこそ、いつもお世話になっています」
二人の握手
テトラ「……そ、それで、 $2$ 人の場合は《握手の仕方》は $1$ 通りです」
僕「問題を《 $2n$ 人》で考えているから《 $n = 1$ のときは $1$ 通り》ということだね」
テトラ「そうなります」
僕「次は $n = 2$ のとき?」
テトラ「はい、そうです。 $2n=4$ 人だと《握手の仕方》は $2$ 通りになります。真向かいの人と握手しようとすると交差しちゃうからです」
僕「 $n = 3$ はさっきやったことになるね」
テトラ「そうですね。 $6$ 人の場合は《握手の仕方》は $5$ 通りです」
僕「テトラちゃんはそういう具合に《小さな数で試す》をやってきたんだね」
テトラ「はい。小さい数は確かに楽なんですが、 $8$ 人になるとすでにもうたいへんです。実は考え中なんですが。改めて描いてみますと……」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)