屋上にて
テトラ「先輩! こちらにいらしたんですね!」
僕「あ、テトラちゃん」
テトラ「ご一緒してもいいですか?」
僕「僕を探してたの?」
テトラ「え、あ、いえ……そ、そういうわけでもないんですが。ふと通りかかったもので」
(どうやって屋上にふと通りかかるんだろう……)と僕は考えながらパンをかじる。
僕「もうお昼は食べたの?」
テトラ「え、あ、はい」
僕「今日は気持ちのいい風が吹いてるよね」
テトラ「そうですね」
僕「……テトラちゃん、数学ずっとがんばってるよね」
テトラ「そ、それほどでもないんですけど……あの、先輩?」
僕「なに?」
テトラ「最近よく思うことがあるんです。あの……『考える』ってどういうことなのか」
僕「それはまた……根源的な問いだね。考えるとは何か」
テトラ「あ、え、でも、そんなに難しく考えているわけではなくて、その……数学の問題を解くときの話なんです」
僕「というと?」
テトラ「あたし……あたしは、あたしなりには数学をがんばってるつもりなんです。でも、参考書を読んでいると『あたしにはそんなこと思いつかない!』ということがよくあるんです……」
僕「なるほど?」
テトラ「頭の回転がちがうといいますか、なんといいますか……どうしたらそんなこと考えつくのかすら、わからなくて。どうすればいいんでしょうね」
僕「いやいや、テトラちゃん。僕もそんなに頭の回転が早いわけじゃないよ。それに僕も『こんなの思いつかないよ』ということはよくあるし」
テトラ「あ、先輩でもそうなんですか!」
僕「そうそう。解けなくて問題集の解答を読むときって二パターンあるよね。 『すごいなあ』と感心するときと、 『こんなの思いつくわけないし!』とムッと来るとき」
テトラ「そうなんですね。あたしにはその違い、よくわかりませんが……」
僕「なんていうのかな、問題のための問題というか……『他に何にも応用できないよ、こんなこと』と思う問題は解いててもあまり面白くないよね」
テトラ「えっと、あたしはそんな境地にはまだまだ……あの、たとえば、先輩はこの問題わかります?」
僕「どんな問題?」
中華レストランの問題
テトラ「先日、テレビで中華レストランの店内が放送されてたんです」
僕「うん」
テトラ「Lazy Susanが乗っている丸テーブルがあって……」
僕「レイジースーザンって何?」
テトラ「丸テーブルの上でくるくるまわる回転台です」
僕「へえ……レイジースーザンっていうんだ、あれ」
テトラ「それで、その丸テーブルの周りにお客さんが座りますよね」
僕「うん、そうだね。食事する人」
テトラ「その番組見ながら思ったんですけど、ああいうときって、隣の人とはよく話せるけれど、遠い人とはあまり話せないじゃないですか。席が決まってて」
僕「うんうん」
テトラ「みんなと話すなら、ときどき席をかえなくちゃいけませんよね。それでふと思ったんですが、たとえば、 $5$ 人が丸テーブルに座るときの座り方って何通りあるのか……」
僕「なるほど。それはね」
テトラ「先輩! 待ってください!」
$5$ 個の席が円形に配置されている丸テーブルがあり、 そこに $5$ 人の人が座る。 このとき、着席方法は何通りか。
僕「え?」
テトラ「ちょっと待ってください、先輩。すぐ答え言わないでくださいよう」
僕「はいはい。テトラちゃんはどんなふうに考えたの?」
テトラ「 $5$ 人を並べるんですから、全部書いて数えようと思ったんです」
僕「ほほう」
テトラ「ええと……これです。でも途中で混乱してしまって……」
僕「なるほど。テトラちゃんはがんばって数え上げようと思ったんだね。まあそれは大事な方法の一つだけど」
テトラ「はい」
僕「あれ、でも……これはどういう順番で数え上げようとしたの?」
テトラ「あのですね。aさん、bさん、cさん、dさん、eさんの $5$ 人が座るのだということにして、書いていこうと思ったんです。まず、右回りにa,b,c,d,eと座ります(1)」
僕「うん。基本だね」
テトラ「aさんとbさんの二人が逆になるときもあると思ったので、aさんとbさんを入れ換えた形も考えました(2)」
僕「お……うん」
テトラ「それから、二人が隣り合うんじゃなくて、間にcさんがはさまることもあると思いました(3)」
僕「うん、まあね……」
テトラ「そして、先ほどと同じように二人を入れ換えて……(4)」
僕「テトラちゃん……」
テトラ「今度は二人の間にcさんとdさんがはさまる場合を考えて(5)、そしてまた、二人を入れ換えます(6)」
僕「テトラちゃん、でも……」
テトラ「それでですね、二人の間にc,d,eの三人をはさんだところで(7)、あたしは気づいてしまいました」
僕「……」
テトラ「この並び方(7)は、くるっと回すと(2)と同じなんです!」
僕「そうなるよね。この数え方はまずいよね。だぶってしまっている」
テトラ「はい……まずいです。aさんとbさんの二人……その間にはさまれる人の人数を増やしていけばいいと考えていたんですが、 丸いテーブルというのがトラップでしたっ! うっかりすると同じ座り方が出てきてしまうんですっ!」
僕「その通りだね」
テトラ「そこであたし……この問題から離れて考え込んでしまいました。こういうときに何をどう考えたらいいんでしょう。 どうしたら数学の問題を確実に解くことができるんでしょう」
僕「……うーん、あのね、テトラちゃん。どんな数学の問題でも確実に解く方法っていうのはないんだよ」
テトラ「あ、それは……それはそうですよね。すみません。でも、だとしたら、ものすごくたくさんの解法を暗記しなければならなくなりませんか? だって、 数学の問題っていろんなバリエーションがあるじゃないですか。 それなのにその一つ一つのために解き方を覚えるなんて……」
僕「うん、悩んじゃうよね。たった一つの方法で、数学の問題をすべて解くわけにはいかない。 でも、一つ一つの数学の問題を解く方法すべてを暗記することもできない……」
テトラ「そうです、そうです! 万能の武器もなくて、たくさんの武器全部を揃えるわけにもいかないなら、いったいどうすればいいんでしょう?」
僕「ねえ、テトラちゃん。テトラちゃんのその考えは極端すぎるんじゃないかなあ。問題に対する解法を単純化しすぎてるというか。 真実はそのあいだにあると思うな」
テトラ「といいますと」
僕「数学の問題を解くときっていうのは、自分のこれまでの経験を総動員して解く。 でもそれは、解法を暗記しているというわけじゃないんだよ。 もっと抽象的だよね。 問題を読み解いて、 書かれていることを理解して、 条件を整理して、 自分が記憶していることももちろん使って……ね。 そうやって、解答にたどり着くまで進んでいくことになるんだよ」
テトラ「難しいです……」
僕「暗記することも大事だけど、それをどう使うかを考えることはもっと大事だよ。以前ミルカさんも言ってた『いかにして問題を解くか』という本にも、 たくさんいい方法が書かれていたけど、 そこに、自分がこれまで問題を解いてきた経験……うまくいった経験や失敗した経験を積み重ねていくしかないよね。 たとえば、僕はよくこんな《問いかけ》をするよ」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)