コラプティオ』序章—二〇〇一年春【前編】

東日本大震災直後の、2011年7月に刊行された真山仁さんの小説『コラプティオ』が、文庫化されました。震災後の日本の政治を描いたこの作品は、3・11からもうすぐ3年となる今こそ読んでいただきたい一冊です。今回はcakesで、序章の内容をお届けします。物語のはじまりは、震災から遡ること10年前。熱い政治家魂とカリスマ性を持った政治家・宮藤隼人の演説に耳を傾ける、二人の若者。言葉を自在に操る宮藤の演説から、彼らが感じとったものとは……。

序章—二〇〇一年春

「政治とは、約束―。半年前の選挙でそう言い続けて、私はこのバッジを手にした」
 平河町にある都道府県会館の四階で開催された「信濃若人の会」の壇上で、衆議院議員 宮藤隼人 くどうはやと が、静かに語り始めた。柔らかい日射しが注ぎ込む会議室に集まった大学生は、〝時の人〟に熱気を帯びた眼差しを向けていた。
 それまでは冷ややかに会の様子を見ていた 白石望 しらいしのぞむ も、その一言に惹きつけられた。至極当たり前の言葉なのに、胸を打たれた。
「約束は公約とは違う。今日ここで出会った君たち一人ひとりと心を通わせるようなパーソナルな感覚。互いの信頼の礎となる大切な誓いだ」
 大柄な代議士は一息入れると朗らかに笑った。掠れ気味の低音ではあるが、滑舌は良く、何より力強い信念が漲っている。

「今、私が君たちと結ぶべき約束とは何だろうか。希望ある未来を実現するために行動することだと、私は信じている」
 世の中には希望という言葉が溢れている。何に対しても一〇〇%信用できない性格もあって、そんな風潮に対して望は疑ぐり深くなる。大切なのは行動であり、結果だ。約束を破る者ほど冗舌だという苦い経験もあった。にもかかわらず目の前の男が滑らかに語る希望というものに興味を覚えた。
「今のニッポンでは夢や希望という言葉が、薄っぺらな絵空事にしか響かない。いや、もしかするとこれからは、もっと酷い社会になるかも知れない。だがね、私が代議士になった以上、絶望社会などとは絶対に言わせない」
 宮藤は穏やかに語っている。声の調子が耳に心地よく、余計なことを考える気になれない。聴講する時は鵜吞みにしないで常に疑いながら聴くというのを望は心掛けているが、その習慣すら忘れてしまいそうだった。

「政治とは約束だ。努力すれば、希望が叶う社会を創り上げる。それが私の約束なんだ」
 しわぶき一つなく息苦しいほどの熱気が、部屋に充満しつつあった。
「希望とは、未来の現実でなければならない。今の社会に蔓延している諦めは、我々大人たちの心ない噓が招いたものだ。ならば、政治家の中にせめて一人ぐらいは、必死で誓いを守るバカがいてもいいじゃないか。私はそのバカになりたい。だから、私は政治家になったんだ」
 熱気のせいで室温が上昇したのか冷房が強くなり、涼風が流れてきた。だが望の体に籠もる熱は冷めなかった。政治家としての宮藤の姿勢に共感を覚えたせいか。政治家の講演を聴いて、こんな感情になったのは初めてだった。

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〝政治の季節〟がやってきた—『コラプティオ』文庫化によせて

真山仁

最新刊『グリード』が話題の小説家・真山仁さんが、東日本大震災直後の2011年7月に発表した『コラプティオ』が、文庫として発売されました。「震災後の日本を描く異色の政治ドラマ」と紹介される本作では、カリスマ的人気と実力を持つ宮藤隼人首相...もっと読む

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