やっと今年最後の出張から帰って参りましたが、日本は寒い! 南国に慣れた体にはいささかきつうございます。
さて今回はいろいろ……と思っていたけれど、前回予告した本の1冊に引っかかって、他がまったく読めなかった。その1冊とは、デイヴィッド・ドイッチュ『無限の始まり』(インターシフト)。
この本は異様にわけのわからない本だ。そもそも科学理論とは何か、というところから始まって、宇宙における人間の存在意義に話が飛び、そこから進化と遺伝子の話に入って、普遍性を論じつつデジタルコンピュータに話が飛び、宇宙論をかすめつつ量子力学と多世界理論の話に飛んで、哲学と物理学の理論構築の問題をうにゃうにゃ語ったかと思うと、社会選択理論を丸ごと踏みにじり、そこから突然、美の持つ普遍性の問題を論じ(人間にとっての普遍性、なんていう甘いものじゃない。この宇宙や現実の存在そのものにおける美の意義と普遍性が語られ始める)、そして各種決定論を滅多切りにして、そして最後は人類と文明と知能の無限の発展、無限の可能性を高らかに歌い上げて終わる。
……これが1冊の本に詰まっている。いやはや。
本コラムをお読みの方々ならご存じだけれど、ぼくは多少の節操のなさで驚いたりするような読者ではない。自分でもやたらにあれこれ手を広げたがる人間だし、いろんな分野を縦横無尽に逍遥する、無謀で元気で大風呂敷まみれな本はむしろ大好きだ。そして最近では、いろんな分野でそれができるようになっているので嬉しい限り。
ハーバート・ギンタス『ゲーム理論による社会科学の統合』(NTT出版)は、題名の通りゲーム理論を通じて、進化論、経済学、認知科学なんかをまとめあげようとする試みだったし、この本以外にもNTT出版の「叢書≪制度を考える≫」というシリーズは、そういう無謀な試みがだんだん結実しつつある成果をいろいろ紹介している。どれもえらく高くて分厚くて難しいけど、まだまだ試みとして始まったばかりだから仕方ない。
これ以外にも、脳科学、進化論、経済学あたりをだんだん統合するような動きは出ているし、ちょっと宣伝めいて恐縮だけれど、来年早々に拙訳で出るポール・シーブライト『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』(みすず書房)は、協力の発達というテーマを核に、進化論から霊長類学、経済学を経て、都市論から軍事、資源などやたらに風呂敷を広げた楽しい本になっている。 が、そういうかなり広いテーマを扱う本でもたいがいは、社会科学をまとめましょうとか、そこにちょっと生物学的な基礎をつけましょうとか、手に負える試みにとどまっていることが多いのもまた事実。
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