西満里衣(ニシ マリエ) [09:40]
最初の感情は、強烈な怒り。
それからすぐに、猛然とやる気がわいてきた。背筋の産毛が、ぞくぞくっとウェーブ状態。そうだ──二度目の小四の夏に生まれて初めてランス・アームストロングの映像を見た、あの時と同じ、例の感覚。
「……ふっざけんじゃないわよ!」
自殺? しかも予告して?
人をバカにするのも、たいがいにしてほしいもんだわ。わたしの中のエンジンはオーバーヒート、ギアは即座に
メールはトウコさんからだった。
彼女とはネットで知り合い、わたしがバイトでメンテしてるパラリンピック支援サイトにちょくちょく遊びにきて、書き込みもしてくれる。オフで会ったことはないけれど、でも信頼できる人だってことは了解済み。
メールは短くて(トウコさんはいつも要領がいい)、要点は二つ。どっかの大バカ野郎が、親からもらった大事な命を勝手に捨てちまおうと決心した……だけならまだしも、ごていねいにも周囲に知らせてまわってる。
なんて奴だ! ほんと最っ低!
結論が弾き出されるまでに、五秒フラット。愛用のフックでコートを引き寄せ、完全防寒武装までに三十秒。ケータイ、ノートPC、ぜんぶよし。
「ママ、ちょっと出かけてくるから!」
「えぇ?」奥の台所から返事がかえってくる前に、わたしは
「だいじょぶ! 東京まで行って、すぐ戻るから!」
「……え? 東京て……ま、まりえ!?」
食器がひっくり返る音。あとで謝っとかなくちゃ、と心の中にメモしつつ、止まるつもりは全然なし。ダッシュしたら、ゴールまで止まらない、それがわたしというメカニズム。
外──体感温度マイナスの突風!
負けるもんか!
両腕に全力をこめて、わたしは玄関を飛び出した──とりつけたばかりの速度計は瞬時に時速二〇キロ──背筋を伸ばし、腰に力をのせ、車椅子の両輪を
笹浦耕 [09:40]
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