第59回 ベクトルの真実(前編)

「ベクトルが何だかわかったけど、かえってわかんなくなった」とユーリは言った。今回は、中学生のユーリがベクトルについて考えを巡らせます。
結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 書籍化第二弾『数学ガールの秘密ノート/整数で遊ぼう』は好評発売中です!

の部屋

第58回からの続き)

ここはの部屋。 は、ミルカさんが先日話してくれた《関数の角度》についてユーリに話していた。

「……ミルカさんが、そんな話をしてくれたんだよ」

ユーリ「ミルカさま、かっこいい!」

「お? 説明、わかったのかな」

ユーリ「さっぱりわかんなかった!」

「がく。まあでもしょうがないか。関数空間なんて話がいきなり出てきたし」

ユーリ「あのね、でもお兄ちゃんの説明聞いてたらわかったこともあるよ」

「どんなこと?」

ユーリ「数学って、すっごくおっきくて、すっごくひろいってこと!」

「へえ……」

ユーリ「説明聞いたらってゆーか、いつも思ってるんだけどねー。お兄ちゃんや、ミルカさまや、テトラさんの話聞いてるといつも思うよー。 数学って『授業で習って試験やって終わり』じゃないってこと。 もっとすっごくおっきいの」

「おもしろいこと言うなあ」

ユーリ「そう?」

「うん。ねえユーリ。お兄ちゃんはね、授業とは別にいつも『自分の勉強』として数学をやってるよ」

ユーリ「自分の勉強?」

「勉強というか……本屋で数学の本を買って読むときや、放課後に数式をいじっているとき。そんなときいつも『自分がやりたいから、好きだから数学やってる』と思ってる」

ユーリ「お兄ちゃんは数式マニアだから」

「いや、そういうのとも違うんだよ。マニアとかじゃなくて…… 『この式がこうなるのはどうしてだろう』って疑問に思うことってあるよね、 数学をやってると」

ユーリ「うん。よくある」

「そういうときに『まあいいか、時間もないから覚えちゃえ』じゃなくて、もっとじっくり『どうしてだろう、どうしてだろう』と考える。 それは数学が好きだから。それに、理由がわからないと気持ちが悪いから」

ユーリ「あ、気持ちが悪いっていうのはわかる……かも。バシッと決まらないと砂みたいなものが入った感じがするの。あのね、靴の中に」

「なるほど」

ユーリ「そのまま歩いてられるんだけど、靴の中はずーっと気になるの」

「なるほど……でね、お兄ちゃんの場合は、どうしてだろうってじっくり考えて考えて、 わからなかったら先生にも聞きにいく」

ユーリ「うわー優等生」

「聞きにいくと、先生はけっこう教えてくれる。授業よりもおもしろい話を教えてくれることもある。 でも、先生がすべての答えを知ってるわけでもないし、 納得がいくところまで連れて行ってくれるとも限らない」

ユーリ「そゆとき、どーするの?」

「あるところからは、やっぱり自分で考えて考えて考えてみなくちゃだめかな。何だかね、自分の納得の仕方というのがあるみたいなんだよ。 完全なまちがいは先生が『それは違うよ』と教えてくれるかもしれないけど、 『あ、そういうことか!』と納得する最後のステップは、自分の中にあるみたい。 先生の話はきっかけなんだよ」

ユーリ「ふーん……ユーリはパパッとわからないと途中でめんどくなるかも」

「そんなことないよ。ユーリは確かに『めんどい!』ってよくいうけど、けっこう粘り強く考えるときもあるし……そうそう、自分で持ってきたパズルやクイズのときは ていねいに説明してくれたりするし、ユーリは自分で思っているよりずっと根気強いと思うなあ」

ユーリ「て、照れるじゃん!」

「学校で習ってなくても、力の釣り合いの話、ベクトルの話、ベクトルの内積の話……何でもしっかり理解しようとするよね、ユーリは」

ユーリ「うひゃー……照れるなー、もっとホメて」

「がく」

ベクトル

ユーリ「でもね、お兄ちゃんから話聞いているときは、サインでもコサインでもベクトルでも、何でもわかった気になるんだけど、 すぐ忘れちゃうんだよ」

「別にいいよ。また覚えればいい」

ユーリ「そーいえば、いつだっけ、二本の糸でオモリを下げたことがあったじゃん?」

「うん、物理学……力学だね。力の釣り合いの話」(第52回参照)


ユーリ「それそれ。あのとき、ベクトルを使っていろいろやったけど、もう忘れちゃった」

「そう?」

ユーリ「ひとつだけ覚えてるのはね、えーと、『矢印を描いたこと』と、『力をすべて見つけること』と、 『何から何に対しての力かをはっきりすること』くらいかにゃ」

「ひとつじゃなくて、みっつ覚えてるなあ」

ユーリ「うわ、チェック細かい!」

「でも、それだけ覚えていたらすごいよ。だって、高校で習う力学の問題だからね。 図を描く。 質点にかかる力をすべて見つける。 そして力を考えるときには、何から何に対しての力かをはっきりさせる」

ユーリ「うん」

「あのときは、糸が重りを引く力の大きさを計算したんだね。二本の糸の合力が、重力と釣り合っていることを使って」

ユーリ「あー、そんな感じ」

「高校の力学だと、あの問題みたいな『力の釣り合い』を考えたり、物体が落下する運動を考えたり、 ぐるぐる回転する運動を考えたり、 振り子のように往復する運動を考えたりするね」

ユーリ「へー……それ全部ベクトルなの?」

「力は《向き》と《大きさ》を持ってるから、ベクトルを使って考えるのがとても自然だね」

ユーリ「あ、そーだった」

「力以外でも、質点の位置を表したり、速度を表したり、加速度を表したり……とにかく《向き》と《大きさ》を扱いたいとき、ベクトルはよく出てくる

ユーリ「ねーお兄ちゃん。これ、前も聞いたかもしんないけど」

「何?」

ユーリ「ベクトルは《向き》と《大きさ》を持ってるから、力や速度を表すのに使う……ってゆーのはわかったんだけど、 あのね、やっぱり『ベクトルって何?』って思っちゃう」

「ああ、そういえば、前も言ってたね。『力って数?』だっけ」

ユーリ「そーそー、それそれ。チカラは数なの? ベクトルは数なの? とかとか」

「前はなんて答えたか忘れちゃったけど、《計算できる何か》という意味ではベクトルも数のようなものだといえるよ。 ベクトル同士の足し算はできるし、引き算もできる。 内積という形で掛け算もできる」

ユーリ「あー、内積! それも教えてもらった」

「うん。ベクトルは数のように計算できる。でも、数の計算と同じかというと、違うよね」

ユーリ「違うよー。だって、ベクトルには《向き》と《大きさ》があるんでしょ? 数にはないもん」

「いや、それは正確じゃないなあ。数にも《向き》と《大きさ》はあるよ」

ユーリ「え?」

「数には符号っていう《向き》がある。正の数はプラスの方を向いている数だし、負の数はマイナスの方を向いている数だよね。ゼロはどちらも向いていないけど」

ユーリ「あー、まー、そーだけど……」

「数には《大きさ》もある。 $3$ という数も $-3$ という数も、どちらも同じ《大きさ》を持ってる。数学だとそれを絶対値と呼んで、縦棒( $|$ )ではさんで表すよね。 $|3| = |-3|$ という具合に」

ユーリ「そーだね」

「うん、だから、ベクトルの《大きさ》を $|\vec a|$ みたいに縦棒使う気持ちもよくわかる」

ユーリ「おんなじだ……」

「ベクトルも数も《向き》と《大きさ》を持ってる。数はプラスとマイナスの二つの向きしかないけれど、 ベクトルの方は数よりもたくさんの向きがあるね。角度 $\theta$ で表される」

ユーリ「そっかー……ベクトルは数と似てるね」

「うん、そうだね。力学の問題も、二つの向きしかないなら、ベクトルを使わずに単に数の問題として考えることができたし」

ユーリ「あ! 思い出した! ユーリが考えてた問題じゃん! 人が地面の上に立ってて、止まってる問題!(第51回参照)」


「止まっているか、等速直線運動だったね」

ユーリ「そだそだ! お兄ちゃんがつつつつーと横に滑ってた! あははは!」

「いや、それは忘れていいから。……それで、たくさんの向きが出てくるときには数じゃなくてベクトルが便利」

ユーリ「そっかー……ベクトルと数は似てるけど、ちょっと違う。計算もできるけど、ちょっと違う。足し算に引き算に掛け算に……ベクトルの割り算もあるの?」

「割り算? いや、知らないなあ。もちろん、ベクトルを $0$ 以外の実数で割ることはできるけどね。 $2$ で割ったらベクトルの《大きさ》は半分で、《向き》は変わらない」

ユーリ「計算って、他に何があったっけ」

「あ、これはおもしろいかもしれないよ。二つのベクトルの平均

ユーリ「へーきん?」

二つのベクトルの平均

「問題の形にすればこうなるね」

問題
平面上の二つのベクトル $\vec a$ と $\vec b$ が与えられたとする。 このとき、
$$ \dfrac{\vec a + \vec b}{2} $$
は何を表すか。

ユーリ「何を表すか?」

「そう。 $\frac{\vec a + \vec b}{2}$ っていうのは $\vec a$ と $\vec b$ を足して $2$ で割っているから、 まあ、いわば平均だよね」

ユーリ「そーだね」

「このとき、 $\frac{\vec a + \vec b}{2}$ は何を表しているか」

ユーリ「え……何となくはわかるけど、なんて答えたらいいかわかんない」

「何となくはわかる?」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

GrabTF https://t.co/fYkEXJQIqp 結城浩って聞いたことあるな、と思ったら数学ガールの人だった。ハードナッツの演出は残念だったなぁ。 5年弱前 replyretweetfavorite

sutare_subaru もともとベクトルは好きだったが、今回の連載を読んでまたやりたくなってきた… 指導がひと段落したら数学やろう。 5年弱前 replyretweetfavorite

risingsun3s 問題の結果予想は難しくない。図形問題からの類推が使えるから。ベクトルの枠内で証明するのは意外に面倒。センター数学ベクトルのセンス養成に。 5年弱前 replyretweetfavorite

hyuki ケイクス連載「数学ガールの秘密ノート」更新です。 5年弱前 replyretweetfavorite