電気サーカス番外編 第1回(全3回)

単行本『電気サーカス』の発売を記念して新たに書下ろした番外編をお届けします。番外編は単行本には未収録です。

 深い、海の底にいるような気がする。

 最近の僕の唯一の楽しみと言えば、二十三時を過ぎてからのインターネットであった。
 毎日僕は真っ暗な部屋で唯一の光源であるパソコンのモニターの前に座る。その電脳空間上では日本のどこかの顔も知らぬ誰かが個人のサイトを作り、何か色々な文章を書いている。
 こういったツールが出来るまでは、きっとかたちにならずに、その人の生活のなかに、その人の心のなかに、ひっそりと消えていったであろう言葉を、クリックで画面を切り替えながら読み集めていると、なんだか人のゴミ箱を漁ってその住人の生活を想像しているような、見てはいけないものを覗いてしまっているような、素敵な窃視の気分になれる。
 もちろん、ただ人の作ったものを見るだけでなく、僕自身もサイトを作り、そこに毎日のように文章を書いている。どうやったらもっと多くの人に見て貰えるのかなあと考えたりもする。
 ランキングサイトなどに登録してみたものの、最初に少しアクセスが増えただけで、今はさほど役にはたってはいないと、アクセス解析ツールが教えてくれていた。
 やっぱり、宣伝めいた何かをした方が良いのかしらん。もっと、ウケそうなことを書いたら良いのかしらん。あっ、それでは意味がない。僕は、この暗く狭く冷たい部屋でねちねちと堆積してしまった脳の内側のものを、むやみやたらと他人になすりつけたいのであって、みんなが喜ぶ楽しくさわやかな何かを笑顔で配布したいのではないのです。愛想笑いも小粋なジョークもやりたかないよ。とすると、やはり、ひたすら毎日書く他ない。パソコンに向かって、キーボードを打ち続ける他ない。
 そういう具合に夢中になっていたから、出来れば起きている間中モニターに向かっていたかったのだが、人生というものは忙しい。
 今まさに僕の家庭は崩壊の時期を迎えており、長男である僕は、そのためにあれやこれやとしなくてはならないことがあった。
 昼になると僕は硬い床の上の寝袋から起き出す。そこは、居酒屋の二階部分、宴会用の座敷に隣接した事務所であり、その居酒屋こそが僕の現在の職場なのである。
 元々そこは父親がサイドビジネスとして経営を始めた居酒屋なのだけれども、その父親が本業を放棄して家を出奔してしまったため、こちらがメインの収入源となってしまったから、残った家族で経営していかなければ僕らの収入は途絶えてしまう。
 そこで、大学を辞めてすることのなかった僕は、毎日そこでの労働に汗を流しているのだ。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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