「音楽の自由……ですか?」
「そうよ。好きな音楽を作る自由、好きな音楽を選んで聴く自由。もしかしたら今の10代の子にとっては当たり前のことなのかもしれないけど、昔はごく一部のプロが作るものにしかその自由はなかったのよ。そう考えると凄いことだと思わない?」
そんなこと考えたこともなかった。かっこいい音、しびれるような音を作ってさえいれば、いつか誰かから認められてプロになれる。そう思っていた。「音楽の自由」——か。確かに当たり前に思ってたけど、もし無くなってしまったら困るんだろうな。
それでもやっぱりボカロは好きになれない。人間の声、自分の声で感動させたいよな……。
「個人的にはボカロはあまり好きになれません」
「そうね、それでいいと思うわ。好きなことを仕事にするのは、必ずしも幸せとは限らないものね」
なぜかキリコさんは少しだけ困ったような顔をしていた。キリコさんも今の仕事が好きなわけじゃないのかもしれないな。ところで結局、何の会社なのか全然聞いてなかったんだが……。
「あ、あのぉ……」
「静かに!」
キリコさんが小さな声で質問を遮った。その声にはそれ以上の質問を許さない厳しさが伴っていた。
「新くん。今のスピードのまま後ろを振り返らずに聞いてね」
「後ろ——ですか?」
ゲシ! 痛ぇ! 思わず振り返りそうになった僕の脇腹にキリコさんの肘が入る。
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