シンキロウプロジェクト

第1回 Opening

PHP研究所から、人気ボカロ小説の新作をcakesで配信です!

加藤 新(かとう あらた)は、東京である会社の面接試験を受ける。それは、「シンキロウプロジェクト」のオーデションだった…。

初音ミクをはじめ、今や70億円を超えるともいわれる「ボーカロイド市場」。一時ネットで話題となった「人気ボカロP(ボーカロイド楽曲の制作者)は企業による捏造だった!?」という陰謀論に着想を得た小説、『シンキロウプロジェクト』の一部を公開します。

Opening

「君は“自分の音楽”をやりたいって言うが、果たしてそんなものが君の中にあるのかね?」
 真っ暗な部屋。どこだろう、ここは?

 僕は暗い部屋の真ん中のパイプ椅子に座らされていた。
 部屋の中の様子は全くわかならい。ただ、僕の前方、天井から吊るされた一本の細いスポットライトが、僕の顔を照らしていた。
 僕はこの部屋で何をしているのだろうか?
 誰かが僕に質問している。低く物静かだが、重い岩のような威厳を備えたその声は質問を続けた。
「君の中に“君の音楽”なんかが本当にあるのか。考えてみるがいい。音楽なんてものは古くから先人が積み上げてきたものをさまざまに組み替え直したものにすぎない。君の中に“オリジナル”なんてものがあると思うのかね?」
 ぼんやりと僕は思い出した。そうだ、これは面接だ、僕は採用面接を受けているんだった。
 いけない、緊張しすぎて頭がぼうっとしていたのだろうか。
 とにかく黙っていちゃダメだ。
 僕は質問に答えようと必死に頭をフル回転しようとする。
 しかし、僕の頭はうっすらと霞がかかったようで、返す言葉を生み出してはくれなかった。
「君はさっき、商業主義に毒された音楽では人を感動させることはできない、そう言っていたね。だが、考えてみてほしい。君がこれまで聴いてきた音楽、君の心を震わせた音楽、君がギター片手に必死にコピーしてきた音楽。これらの音楽を作り上げ、君の手元に届けてきたのは一体誰だと思ってるのかね。君が忌み嫌っている商業資本、レコード会社やテレビ局こそが、君を育んできたんじゃないのかね。君は単に、『商業主義=悪』という単純な図式を信じ込んでいたいだけじゃないのかね」
 違う! そんなんじゃない。でも僕の頭の中にはいろんな言葉がグルグルと回るばかりで筋道だてて考えを整理することはできなくなっていた。
 早く答えなきゃ!
 焦れば焦るほど空回りを続ける。普段ならこんな質問、簡単に答えられるのに。
「ぼ、僕は……」
 かろうじて絞り出すように声を出すことはできた。だが、続く言葉が見つからない。言いたいことはたくさんあるのに。
「何だね? 言いたいことがあるなら早く言いなさい」
「僕は……」
 金魚みたいに僕の口はパクパク動くばかりで言葉は出てこない。でも言わなくちゃ。言わなくちゃ。
「僕は、僕の音楽をやる! 誰にも邪魔させない! 僕は作り続ける! 僕が僕であるかぎり!」
 目を閉じた僕は渾身の力を振り絞って叫んだ。
 自分でも自分が何を言っているのかよくわからなかった。それでも叫んだ。

 —そして僕は全くの闇の中にいることに気づく。
 さっきまで僕の顔を照らしていたスポットライトは消えているのか。それともまだ僕は目を閉じたままなのか。
 それまで質問をしていた男の気配も感じられない。
 何だ? ここはどこなんだ。たしか僕は面接を受けていたはずだったのに……。
 カンッ。
 突然、強い照明に包まれて、闇に慣れていた僕の目の前は完全に真っ白になった。僕は眩しさに思わず右手で目を覆った。
 誰だ?
 僕の一メートルほど前に一人の影が見える。
 逆光で顔はよく見えないその男は僕に右手を差し出した。僕は恐る恐る額の手を下ろす。
「おめでとう。今日から君が『シン』だ!」
 その男の顔を見てやろうとじっと僕が目を凝らしたとき、僕は気づいた。

 —いつも、この場面で目を覚ましていることに。


Track01 Ceremony

 地下鉄の出口の先には東京が広がっていた。酷暑である。
 日なたに出るとビルの隙間から見える太陽は容赦なく歩道を照りつけてくる。
 広い道路の先には遠くのビルが陽炎に揺らめいていた。
 道路の向こう岸の大型電気店の壁モニターは流行中のアイドルグループ“KGB48(カーゲーベーフォーティーエイト)”のビデオクリップを流している。
「……確か、二時に新秋葉原駅前4番出口でよかったんだよな」
 ポケットからメモを取り出してもう一度確認する。
 ネットから打ち出したマップを目の前の道路と見比べながらいろいろな角度に持ち替えてみる。
 ……わからん。
 周りの店はどの店もひっきりなしに大音量でアニソンを流している。曲のビートと女の子の声が混ざり合って頭がグワングワンする。
 いつだろうか。この感じはひどく懐かしいような気もするし、初めて体験するような気もする。
 そうだ。真夏に林の中でセミの声に360度囲まれたときみたいだ。夏休みに友達と虫取り網を持ってセミを捕まえに林に入っていった際、頭上のあらゆる方向から波を打って響く声に圧倒されて、とても捕まえられる気がしなくって手ぶらで帰ったんだっけ。
「東京も暑いんだな……」
 東京に一人で来るのは初めてだ。
 一昨年母さんと一緒に東京デイズシティーランドに来たのも真夏だった。あれ? デイズシティーランドって「東京」にあったんだっけ? 東京駅で乗り換えたのは覚えてるけど—。
「加藤新くん?」
 突然後ろからフルネームで呼ばれてビクッとなった。
「ハ、ハイ!」
 ついつい直立不動で「気をつけ!」の姿勢をしてしまった。授業中にボーっとしていて急に先生に指されたときみたいだ。—学校か、そういえば懐かしいな。
 振り向いた僕の前に声の主が、映画の登場人物のようにピシッと決まった黒のワンピースを凛々しく着こなしてそこに立っていた。
「ああよかった……。私、待ち合わせするとすぐ迷子になっちゃうのよね~。黒いバンドTシャツを着た茶髪の男の子っていうのは聞いてたんだけど自信なくってね」
 どこか「ほっ」って声が聞こえてきそうなくらい安堵したその人は笑った。ちょっとヒールの高い黒いサンダル。30歳くらいなのかな。大人の女の人の年齢って実はよくわからない。下手に間違えたら大変だから確認もできないし。でもこの人、かっこいーなー。
「はじめまして。新くん。株式会社シムラクラムの伊坂キリコです。よろしくね」
 ぺこり。
 肩くらいのセミロングの黒髪が揺れる。なんというか一つ一つの立ち居振る舞いが決まってるよな。
 僕はついついボーっと見とれてしまっていた。
「あ、こちらこそ」
 ぺこり。慌ててこちらも頭を下げる。いけね、いけね。なんかキョドって見えたりしてないかな?
 強烈に人見知りをするってわけでもないけど、やっぱり知らない人に会うのは苦手だ。
「はじめまして。加藤新です。本日はよろしくお願いします」
 改めてぺこり。そうだ、ちゃんとあいさつしないといけないんだった。昨日図書館で借りた『絶対内定! 就活必勝マニュアル』にも書いてあっただろ。面接はまず担当者と会ったときから始まってるんだって。
 つーっと鼻筋を汗が滑る。顔から汗が滝のように噴き出しているのがわかる。緊張してるのか。いや、暑いからだよ。きっと。
 それにしても東京の人はよくこんな暑いところに住んでられるよな。車道から排ガス混じりのモワッとした熱気が歩道に吹き込んでくる。静岡も暑かったけど、なんつーか熱気のこもり方が半端じゃない感じ。
「じゃあ行きましょうか。社まで案内するわ」
 伊坂さんの後をついて歩く。ここから徒歩で10分くらいのところらしい。それにしてもこの人、後ろ姿もピシッとしてサマになってるな。なんか「できる女」って感じ。
 夏休みのアキバは平日であっても中学生や高校生でいっぱいだった。この街は元々は家電やパソコンの店が多くて「電気街」って呼ばれてたらしい。母さんが言ってたっけ。僕が生まれた頃の話だ。今ではアニメやゲームといった「萌系」のお店やメイド喫茶が増えて、「オタクの聖地」になったっていう話は聞いたことがある。実際には初めて来たけどすげーとこだな、ここ。
「……あの、伊坂さん」
「キリコでいいわよ」
「じゃあキリコさん。今日、面接ってどんなこと聞かれるんですか?」
「お母さんからはなにか聞いてるの?」
「いえ、とにかく会ってみろって言われて。母さんの古い知り合いがいるからって言ってたんですけど」
「そう。じゃあとりあえず普通に話せばいいと思うわよ。心配しないで」

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この連載について

シンキロウプロジェクト

ほぼ日P(ボカロP)

PHP研究所から、人気ボカロ小説の新作をcakesで配信! 病気になりそうなほど眩しい日差しが照りつける真夏のアキバ。静岡から上京した加藤 新(かとう あらた)はある会社の面接試験を受ける。それは「株式会社シムラクラム」が推進す...もっと読む

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