私市陶子 [11:45]
マリエさんからメールが届きました時、私はノブさんと一緒に西荻窪の喫茶店におりました。
件名:──
これ、ネット心中です!!徳永は
17という人と、夜9時に心中する
つもりです!ブログで連絡とりあ
ってるので、ひきつづき見張りま
す。まだ9時間あります、なんと
かして見つけましょう!
「あら!」
私、思わず声に出してしまいました。店内のお客さまたちが、さほど大勢ではありませんけど、こちらを盗み見します。とっても恥ずかしいです。けれどほんのちょっとだけ、誇らしい気分でもありました。なぜって、私たちは善いことをしようとがんばっているのですから。よそさまに
ああ、でも。もしも今の私の想いを、母校のシスターがたに知られたら、きっと高慢の罪を指摘されることでしょう。
先生、私ってもしかして悪い子なのでしょうか。
「うわ」
向かいの席のノブさんにも、同じ内容が届いたようです。驚きのあまり、それでなくとも上背のある人ですが、ぴょんと背筋を伸ばしています。
「まじで?」
「はい、まじです」と私。もしかしたら、生まれて初めて口にしたかもしれません。この『まじ』という言葉。ワクワクします。
「マリエさんは、こういうことは間違えないと思います。インターネットや機械関係にはたいそうお詳しい方ですし。ふだんは、いろんなサイトの修繕や運営も請け負ってらっしゃるんですよ。──あ」
「え?」
「ごめんなさい、今のは秘密にしておいてくださいね」私は左右を見回して、小声で告げます。「マリエさん、ほんとうはお仕事のことは秘密なんです。なんでも、年金だか保険だかの関係で、年間いくら以上の収入があってはいけないんだそうで」
「はあ」
「いただけるお金の額が一段階下がってしまうらしいんです。ですから、ネットのアルバイトをしていることは内緒にしていないと、大変なことに。絶対に誰にも言ってはいけないんだそうです。あの、よろしいですか?」
「え、はあ。よろしいですけど」
「ありがとうございます。……さて、どうしましょう?」
「え? あそうか。えーと、とにかく他のみんなに知らせたほうが」
「それもそうですね」
おおいそぎでccします。マーチさん、トオルさん、それから先ほどお返事をくださったケンジさんとササウラさんにも。
もっとも、マーチさんは読んでくださってないようですが。
あの方の携帯は、先ほどから電源が切れたまま、つながらないのです。なんということでしょう。〈捜索隊〉を指揮するとあれだけ宣言しておきながら、これは解せません。ノブさんに説明を求めても、なぜだかあまり要領を得ないお返事ばかりです。
「マーチは今、うちの離れでデータを分析してるから、独りにしておいたほうがいいんだ。効率的なんだってさ、そのほうが」
とか、
「とにかくマーチのやつはすげえ頭いいやつだから。きっと、なんか考えがあってのことなんだし」
とか、そんなことばかりです。
よくわかりません。お話をうかがえば、ノブさんの離れとやらには部屋がいくつかあるとのことですし、母屋のほうにはさらにその数倍の部屋があるんだそうです。なぜ、私とノブさんがそちらで控えていてはいけないのでしょう。
そのくせ、先ほどからノブさんは、しきりにどこかへ電話をしています。小声で話をしていますが、どうやら相手はマーチさんのようです。離れの固定電話とつながっているのでしょう。だったら携帯を充電すればいいですのに。
電源のことだけではありません。そもそもマーチさんという人物は、私には少々
いいえ。私、そんなこと口に出したりはしません。もちろんのことです。人を評価するというのは、ほんとうに、たいへんなことなのです。軽々におこなってはいけないことなのです。
言葉にはいつでも責任がともないます。私はそのことをいつも肝に命じていなければいけません。私たちの赤ちゃんのためにも。
けっきょく他にどうしようもなく、私はノブさんを経由してマーチさんの地図分析結果を知ったのです。そもそも『自殺予定地の地図』があることも、西荻窪に来る途中でノブさんから教わりました。
ノブさんのほうは、少々ユニークな性格といいましょうか、物事の順序のつけようがふつうの方とは異なっているといいましょうか。たとえば、いちばん初めのメールでのやりとりです。たまたま私が、徳永さんと同い年の十七歳であることを伝えたとたん、こんなことを書いてよこしてきたのです。
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