徳永準 [10:21−11:15]
このまま夜まで店の中で時間をつぶしてもいいか……と考えて、いちおう簡単な返事を書き込む。
地下二階の書庫から『ジョジョの奇妙な冒険』の二十一巻から三十巻までを取ってきて──それより前のは別の人にすでに貸し出し中だったので──読み始めた。
でも、そのうちやめた。
面白くなかったわけじゃない。というか、かなり好きなほうだし、それどころか全巻買って持ってる──どこから読み始めても続きが読みたくなるから、勉強の息抜きには不便でもあるんだけど。
だからそれは『ジョジョ』のせいじゃなくて……ただ、隣の席の人がちょっと気になったんだ。
女の人で、OLにしてはちょっと派手な格好だ。二十代後半くらい。赤茶の毛皮のコートを椅子の背に引っかけて、赤紫のワンピースに尖ったハイヒール。くるくる巻き毛は金と茶の混ぜまぜ、ネックレスも同じような色合いで、アイシャドーの濃さと髪型のせいか、ぱっと見ではエジプトのファラオみたいな雰囲気。
その人が、なぜかメールソフトを開いたまんま、マンガを読みながら半べそをかいてる。
そんなに感動的な話なのかな……。ドリンク・バーへ行って戻ってくる時、ぼくはできるだけ何気ないふりをして、女の人の机に積んである本の表紙を盗み見てみる。
『少年は荒野をめざす』。
きれいな表紙の少女マンガ。ねえさんたちの本棚では見かけたことのないタイトルだ。
荒野をめざす……って、こんなタイトルの小説あったような気がするけど。もしかして小説をコミック化したんだろうか。
棚にまだ残ってるなら、ちょっとぐらいは試しに……と思ったけど、最終巻までぜんぶ彼女の手もとに山積みだった。
しょうがないので、ぼくは席に戻って『ジョジョ』の続きを読む。
隣から、
ぼくは『ジョジョ』に集中する。集中しようとする。ちょうど
やっぱり面白い。
ポルナレフ、またひどい目に遭う。ホル・ホース再登場。洟水の音が聞こえる。三代目ジョジョのパンチ炸裂。ゴゴゴゴゴゴ。もうバッティングの方はだいたいおぼえた。女の人のアイシャドーが崩れてゆく。バレなきゃあイカサマじゃあねえんだぜ。オラオラオラオラ。
涙。
アヴドゥル
涙だ。
さらばイギー。娘のためにできること、それは信じることです。涙が流れてる。無駄無駄無駄無駄。おれは『白』の中にいる。だけど涙は止まらない。ぼくのでも三代目ジョジョのでもなく、彼女の涙が。彼女?
……目が合ってしまった。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。