科学は「観察」と「実験」からなる
統計学が「最強の学問」となったのはその汎用性の高さ、すなわち、政治だろうが教育だろうが経営だろうがスポーツだろうが、最速で最善の答えを導けるところにある、という話は先に書いたところである。そうした統計学の汎用性は、前回紹介したようにどんなことの因果関係も科学的に検証可能な「ランダム化比較実験」によって大きく支えられている。
もう少し大げさに言い換えるならば、フィッシャーが打ち立てたランダム化比較実験という方法論は、科学の領域そのものを変えたと言っても過言ではないのである。
科学とは何か、という質問に詳しく答えようとすれば、この連載は統計学ではなく科学哲学について説明しなければいけなくなってしまう。こうした科学哲学の詳細については専門書に譲るとして、科学の方法論の重要な特徴である「観察と実験からなる」、というアンリ・ポアンカレの言葉をここでは紹介しよう。
「観察」とは対象を詳細に見たり測定したりして、そこから何かの真実を明らかにする行為である。一方、「実験」とは、さまざまに条件を変えたうえで対象を見たり測定したりしてそこから何らかの真実を明らかにする行為だ。
観察にせよ実験にせよ統計学は大きな力を発揮することに間違いないが、ここ数回で扱うランダム化比較実験という枠組みは、「実験とは何か」という考え方を一歩先へ進めたのだ。
もちろんフィッシャー以前にも素晴らしい実験はあった。たとえば医学においては、1628年にウイリアム・ハーヴェイが動物のさまざまな箇所にある血管を縛る、という実験を通して血液が心臓によって全身を循環していることを示した。彼の実験以前は、血液は肝臓で作られ人体各部で消費されると考えられていたらしい。
ハーヴェイに限らず、化学でも物理でも、素晴らしい実験のアイディアによって実証された法則や作り出されたものは数限りない。
だが、フィッシャーのランダム化比較実験がなければ、人類は「誤差のある現象」を科学的に扱うことはできなかったのである。