笹浦耕 [10:20−10:44]
つーわけで、よーやくオレの出番ね。
まあ、他の連中もいろいろドタバタしてたみたいだけど、こっちだってけっこー大変だったんだよ。
なにしろ、朝んなってようやく目が覚めたら(ちなみに低血圧の高校生にとって冬休みの正午より前は、ぜんぶ朝だ)、ケータイがもうビカビカ光りっぱなしなわけで。
あ、もしかしてしのぶさんから電話かなーって、のそのそベッドから起きてさ。画面見て、まあびっくり。
「なんじゃこりゃあ」
思わず言っちまった。ちょっと松田優作風。べつに誰も聞いてないけど。親父は上海に出張中だし、他には誰もいないし。がらんとした3LDK、十四階建ての最上階から一つ下。窓の外は灰色のビル群、首都高、たま〜にカラスの御一行様。
あんまりびっくりしたんでオレ、朝飯のジャムトースト食ってから、しのぶさんに電話しちゃった。
「もーしもーし」
『あれ、コーくん。キミにしては早いじゃん。どしたの、低血圧なおったの?』
「いやーそれがですね」
メールの山が教えてくれたドラマチックな展開を、オレはかいつまんで説明する。こういうあらすじ要約とかは、わりと得意なオレですよ。
「──というわけ。いやーびっくり。世の中いろいろあるよね、年末だってのに。あそうだ、それで今日のスケジュールのことなんだけど」
『………………………………』
「もしもーし?」
『あのさコーくん』
「はい?」
『なにそれ。ちょっと冷たすぎくない?』
「なんで?」
『だってその人、トクナガくんだっけ、が自殺しようとしてるんでしょ!? そんなの──』
「もう、しちゃったかもよ。自殺」
『やめなさいてば、そういう言い方! キミのクラスメートでしょうが、しかも!』
「部活で一緒なだけだってば。クラスが同じなのは在所のやつで」
『でもなんでもいいから! ようするに、うちの大学の付属高校の生徒だわよ! つまりわたしの後輩でもあって! キミね、そういう緊急の時に友人を見捨てて遊びに行こうっての? だめだよ、そんなの!』
「遊ぶのは午後からでしょ。あ、べつに今からでもいいけどオレは。どうせ空いてるから、予定」
『空けるなこら! よけいダメだってことでしょが! あのねキミね』
「だって」こういう場面は肩をすくめるしかない。誰も見てないんだけど。「だってオレそういう人間だもん。しのぶさん知ってるくせに」
『………………』
そう。
もちろん、しのぶさんは知ってる。
だってオレ、最初のデートん時にちゃんと教えたんだから。笹浦耕っていう人間は、他人のために一定以上の時間を費やさない性格なんです、って。
ゼロじゃなくて一定時間は費やしますよ、てところに正直な青少年の主張を感じとってほしいもんですが。
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