枯野透(カラノ トオル) [09:10−09:16]
「あ。メール」
ケータイを取り出したら、父さんと母さんはひどく嫌そうな顔をした。
ひとの話を聞く時はちゃんと聞きなさい、というのが母さんの口癖だったし、父さんは母さんの意見にはたいてい賛成してるからだ。
二人の意見が違うのは年にいっぺんあるかないかぐらいで、今年のそれはもう八月下旬に済まされてた。父さんの最新時事評論集の初版部数を二千にするのか千五百にするのか、という大論争だ。ちなみにそれは半日の衝突の後で千七百に決まった。夫婦二人の零細出版社で、夫は主著者、妻が社長兼経理、というのも便利なんだか不便なんだかよくわからない。貧乏なのだけは確実だけど。
「透」
「はい」
「ちゃんとなさい」
「はい」
正座したまま、ケータイを閉じて
「なに天井見てるの。ちゃんと母さんのほうを」
「はい」
「見なさいまったく。朝帰りだなんて!」母さんお得意の切り出し方だ。「あんたまだ高校生でしょ。理由をおっしゃい、理由を」
「人を助けてたんだ」
「人? 誰を? クラスの子?」
「知らない人」
「………………は?」
二人の息はピッタリだった。もしも弟の暁のやつが隣の部屋でまだ寝てるんでなかったら、さらに大音量の「はあぁ!?」だったはずだ。