パート1.例のメールが届く前 徳永準[8:29−]

今日、死ぬ瞬間に見えるのも、まぶしい光なんだろうか?――とある大晦日、12月31日。高校2年生、徳永準の自殺予告メールがネットに流出しました。友人である笹浦耕は東京のどこかにいる彼を止めようと捜索隊を結成します。そこから始まる15人の24時間の物語。『おすすめ文庫王国2009』でライトノベル部門の堂々1位を獲得した『15×24(イチゴーニイヨン)』シリーズを2巻まで連日更新。読みはじめたら止まれない、ライトノベル史上〈もっとも長い一日〉を味わってみてください。(イラスト:箸井地図)

徳永準 [08:29−08:39]

 ぼくの心中相手は、女の子だ。
 たぶん。
 でも、なにしろ今日会うのが初めてなんだし──そもそもネットの掲示板でぜったい本当のことを書かなくちゃいけないってルールもないから、もしかしたら男かもしれないし、七十過ぎのお年寄りかもしれないし、陽気なアメリカ人かもしれないし、もしかしたらクラスで隣の席に座ってるやつかもしれない。
 でも、ぼくにとってその誰かさんの代名詞は〈彼女〉だ。
 どうしても女の子と一緒に死にたい、って意味じゃない。
 単に、〈彼女〉の言うことを、ぼくは信じることにしたってだけだ。

 その掲示板は、ぱっと見ただけじゃ、トリビアみたいな雑学を自慢し合うだけの普通のサイトで、自殺志願者が仲間を募るためのシステムとは分からないようになってる。実際、半分くらいは本当のトリビアが書いてあって、案外、ためになったりする。名前も〈とりびあん相談室〉って、いかにもバカみたいな軽い感じ。ちょっとわざとらしすぎるかもしれないけど、きっとこれくらいがネットにはちょうどいいんだろう。
 そのページを誰が設置したのか、それはわかってない。少なくとも、そこに書き込んでた人たちはみんなそう言ってる。
 つくった人が誰であれ、少なくともぼくは心から感謝してる。なぜって、その人がぼくを─そしてもうひとりの人間を──救ってくれたことになるんだから。
 別の噂サイトで教わったとおりに、ぼくはやってみた。まずIDを取って、適当な話題に返事レスをつける。しばらくすると、連絡用の捨てメアドが簡単な質問項目付きで送られてくる。返信すると、さらに次のアドレスと質問。そうやってだんだんとこっちの本気が主催者側に伝わってゆき──十数回のやりとりの後、掲示板で使ってる隠語の一覧ファイルと自動変換ソフトが手に入った。
 そこから先は、ほんとに魔法みたいだった。
 突然に、それまでつまらないトリビアの書き込みだったものが、意味をなしてくる。アフリカ象の鼻水の量に関するスレッドが、実は宮崎県で死にたがってる四十代の主婦からの相談事だってことがわかる。東京都の水道管の総延長を割り出す式は、睡眠薬の最適摂取量を計算する方法に早変わりする。
 ぼくの指先で、あらゆる無駄話が変換される。すべてはすり替わってゆく。死について、誰かの悩みと苦しみについて、終わらない痛みの終わらせ方について。
 いくつかのスレッドはどこまでも長く続いてて、たいていのは数十回の応酬で終わってた。
 誰かに相談しただけで気分が落ち着いた人、定期的にいなくなっては「死にたいんです」と戻ってくる人、ただの冷やかしの人(これは一人だけで、もしかしたら主催者側のしかけた周到な罠なのかもしれなかった)、新しく入ってくる自殺志願者を必死で止めてまわってる人。
 ぼくはちょっとだけ楽しくなった。
 楽しく、っていうのは語弊があるかもしれない。ぼく自身のことをほんの少しのあいだだけ忘れて読みふけってた、というほうがたぶん正しいんだと思う。
 最初の目的は、そうじゃなかったんだ。ぼくは死ぬことについて、苦しみについて、じぶんでじぶんの苦しみを終わらせる方法について、調べていたはずだったんだ。
 でも、マウスをクリックするぼくの指先は止まらない。たくさんの人が、ぼくと同じことを──あるいはまったく別のことを──考えて、悩んで、打ち明けてる。それだけでぼくの人指し指は止まらなかった。
 何も書き込まず、深夜の自室で、ぼくはひたすら読み続けた。
 そして、彼女に出逢ったんだ。

ひとりで死ぬのはこわくって、
でもひとりで生きてるのはとってもつらいんです。

 そんなふうに、その書き込みは始まってた。
 その人──ハンドルネームは〈17〉で、『いちなな』って読むらしい──はどうやら「常連」らしくって、ほとんど誰も真面目に相手をしてなかった。例の「止め役」の人さえ、かなり投げやりな書き方だ。
 だから、かえって気になったのかもしれない。
 彼女(といってもネットだから確かめようはない)の書き込みで始まったスレッドは、すごく長くなってて、しかもいつだって一番上にあった。
 単にレスをつけると、スレッドは自動的に上がる。〈相談室〉では、基本的にスレッドを上げない決まりなので、「下げる」指定をしてレスをつける。それでも、時には手違いや嫌がらせで上がってしまうことがある。たいていは嫌がらせで。
 だから、これだけたくさんのレスが(まるで遺伝子改造しすぎた巨大ブドウの房みたいに)ぶら下がってて、それでもいつも一番上にあるということは──それだけ内容が不評だってことだ。晒し上げ、というやつだ。
 そして実際、〈17〉への反応は悪いものばかりだった。何度もしつこいんだよとか、もう来るなとか、自殺未遂おたくは帰れとか、条件が細かすぎるぞとか、真面目に死にたがってる人たちの邪魔だろとか。どうやら以前にもここで誰かを募集して、でも当日に決行しなかったらしい。
〈17〉の条件が多かったのは、事実だ。
 死ぬ時刻と場所はあらかじめ決まってる。でもそれは当日まで教えない。当日は、定期的に連絡をしなくちゃいけない。もしかしたら急に時間変更があるかもしれない。自分の自殺の動機はここでは言うことができない。等々。
 画面を見つめたまま、ぼくはしばらく考えた。
 自殺志願者用の掲示板でさえ、のけ者にされてしまう誰かについて。
 のけ者にされることがわかっているのに、細かい条件をつけてしまう誰かについて。
 そんな条件をつけざるをえない、その人のつらい事情について。
 その人を苦しめている、何かについて。

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15×24(イチゴーニイヨン)link one せめて明日まで、と彼女は言った

新城カズマ

「なんで自殺しちゃいけないの?」とある大晦日、12月31日。高校2年生、徳永準の自殺予告メールがネットに流出しました。友人である笹浦耕は東京のどこかにいる彼を止めようと捜索隊を結成します。そこから始まる15人の24時間の物語。『おすす...もっと読む

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