ドワンゴ川上量生の考える、究極の目的とは
加藤貞顕(以下、加藤) 本日は、川上さんが『ルールを変える思考法』という本を出されたということで、本書の内容を元に川上さん流のビジネスの考え方についてお聞きしていきます。この本は、「4Gamer.net」というゲームサイトに連載していたインタビューを編集したものなんですよね。
川上量生(以下、川上) あれはですね、もともとビジネスの話のふりをして、ゲームの自慢話をするための連載だったんですよ。僕は起業家だと思われているんですけど、実は起業家としてより、ゲーマーとしてのほうがすごいんだぞ、と(笑)。
加藤 そうだったんですか(笑)。この本はゲームの話もからめつつ、川上さんが何を考えていらっしゃるのかがわかる内容になっていますよね。終盤では、このままインターネットが発展すると人類が「ミトコンドリア化」して滅亡に近い状態になる、なんていうことも書かれています。SF小説ならともかく、ビジネス書では前代未聞の展開ですよ。
川上 ビジネス書って普通、そんなこと書いてないですよね(笑)。でも、インターネットの進化を考えていくと、人類が巨大なシステムの部品になっていくというのは、ありえない話ではない。そうしてゆるやかに人間の時代が終わっていくんじゃないかって、僕は思ってるんです。
加藤 だからこそ、少しでも世の中におもしろいことを増やそうと思って、ニコニコ動画などのサービスを運営しているんですか?
川上 いや、そんな大層なものじゃありません。僕には目的がないんですよ。たとえば、YouTubeをぶっつぶすとか、Googleを超える世界一のIT企業になるとかいう目標って、まったくやる気が起きないんです。じゃあ、自分が本当にやりたいことはなんだろうと突き詰めて考えたら……やっぱり「もっと寝たい」かな。
加藤 もっと寝たい!(笑)
川上 何を考えても、だいたい「寝たい」というところに行き着きますね。
加藤 川上さん、なんで会社つくっちゃったんですか(笑)。
川上 うっかりとしか言いようがないですね(笑)。僕は基本的に、すべて受け身なんです。ドワンゴも、ジェイムズ・スパーンっていうマイクロソフトにいた悪い外人がですね、僕を社長にして勝手につくっちゃったんですよ。僕は、やるなんて一言も言ってないのに。
加藤 めちゃくちゃじゃないですか(笑)。
川上 でしょう。普通だったら、「勝手に何するんだ!」って思うじゃないですか。でも僕はね、あまりにむちゃくちゃな現象に出会うと、なんか「運命かな」って思ってしまうところがあって(笑)。ジブリの鈴木敏夫さんに会った時も、「これは運命なんじゃないか」という気になって弟子入りしちゃいました。
加藤 それって、傍から見ているとやる気があるように見えますよね。
川上 そうそう、一見そう思うでしょ。違うんですよ、ここは「真剣に流されよう」って決意してるだけです。
加藤 あははは。起業当初はオンラインゲームの会社だったドワンゴで、次々といろんな事業をつくっていきますよね。それも受け身でやっていたんですか?
小さな敵を全力でやっつける
川上 ケータイの着メロをやったのは、すごく個人的な理由からですよ。たしかうちの社員が、どっかの会社の役員に「本業でもない弊社のゲームサイトのユーザー数がドワンゴさんを抜いちゃって、ほんとごめんなさいねえ」みたいな嫌味を言われたんですよね。その話を聞いて、「ムカつく! つぶしてやろう!」と思って(笑)。そこのゲームサイトをどうやって抜き返すか考えたんです。
そうしたら、向こうは占いや着メロのサイトから、ゲームサイトにユーザーを流しこんでいるというのがわかりました。だったら、うちも対抗してゲームサイトにユーザーを流しこむための着メロサイトをつくろう、と。
加藤 着メロにビジネスチャンスがあったからではなくて、ムカついたからだったんですか(笑)。
川上 そして、相手の着メロサイトと相当張り合ったんです(笑)。相手のサイトにある着メロをリストアップして全部つくったり、提携先を洗い出してドワンゴと提携するように営業チームをつくってローラーをかけたり。そうしたら、つくって半年後くらいにうちの着メロサイトがユーザー100万人まで成長して、最終的には売上で業界1位になりました。
もう、途中から完全にうちのサイトのほうが大きくなってたんだけど、ずっといじめ続けましたね。その発端は、うちの社員が悪口を言われたからです!
加藤 えっと、悪口を言ってきた人のゲームサイトには、結局勝ったんですか?(笑)
川上 あれ、勝ったんだったかな、忘れました(笑)。途中から目的がよく分かんなくなったんですね。本末転倒ですよね。
加藤 でも、目の前の小さな目標をクリアしていくのって、組織のマネジメントにも役立つ手法ですよね。いきなり1位を目指すよりも、「あのサイトをつぶす」くらいの小さくて明確な目的のほうが、社員のモチベーションも上がりそうです。
川上 ゲームは勝たないと意味がないので、僕はつねに弱い相手を敵に選んできたんですよ。そうして今までサイトを大きくしてきました。ニコニコ動画だってそうですよ。ニコ動が仮想敵にしていたのは、YouTubeではなくて、国内にあったすごく小さなサイト。始めてから1ヶ月もしないうちに抜いちゃったんですけど、しばらくそこをどうやったらつぶせるかを、がんばってました。
加藤 どうしてそういうやり方をするんですか? 勝つ確率を上げるために?
川上 えーとね、強い相手と戦うと、戦いが長引くじゃないですか。ゲームはやっぱり終わりがあってほしいんですよね。YouTubeをつぶそうなんていったら……
加藤 人生かけないとダメですね。
川上 しかも人生かけても、たぶん勝てないんですよ。そんなゲームはしたくないですよね(笑)。だから、勝てる戦いを設定する。楽な勝負をしかけるのが好きです。
加藤 ニコニコ動画って、勝つつもりで始めたサービスなんですか? というのも、名前が相当……、勝つ気がなさそうですよね。
川上 僕、目の前の敵はすごく弱く設定しながらも、全体のストーリーはすごく壮大にするんですよ。動画のサービスを始めるときも、成功したらまずテレビ局ににらまれて、音楽業界や芸能界も敵に回す可能性があると。そして最終的にはアメリカに目をつけられて……というところまで想像しました。それこそね、暗殺されるんじゃないかとか(笑)。
加藤 そこまでですか(笑)。
川上 そこから逆算して、そうならないようにするためには、どうすればいいのか考えるんです。そこでね、テレビ局の偉い人たちの会議を想像したんですよ。「ネットはひどい」「YouTubeは許せない」「我々はどうする」みたいな話をしているなかで、若いやつが「ニコニコ動画っていうサイトがあって……」と言ったとします。そうしたら、「お前、何わけのわからないことを言ってるんだ」って空気になると思いませんか。
加藤 なんだその名前は、と。
川上 「ニコニコ動画」って、口に出すのが恥ずかしいじゃないですか。言った自分の価値が下がりそうでしょ。「ニコニコ動画が脅威です」なんて主張すると、「こいつだいじょうぶかな?」って思われる。それが狙いでした。
加藤 本当に最初からそんなこと考えてたんですか?
川上 本当です、本当です。うさんくさい名前をつけよう、って。
加藤 ニコニコ動画には将棋のチャンネルもありますよね。僕は将棋をずっとやってきたので、羽生善治さんとか森内俊之さんなどのすごい棋士が「ニコニコ動画」って口にしているのを聞くと、微妙な気持ちになります。
川上 ある種の冒涜ですよね(笑)。
出会い系サイトとしてのニコニコ動画
川上 そうそう僕らは、国会で「ニコニコ動画」って言わせようとか、よくしょうもないことを目標に掲げてるんですよ。例えば、アメリカの海外中継に力を入れていた時に僕らが立てていた戦略的な目標のひとつが、オバマ大統領にどこまで近づけるかというもの。毎回、何メートルまで近づいたか報告させました。
加藤 戦略的……そこですか(笑)。
川上 一度、うちのクルーの横を通り過ぎたことがあったんです。そのときは1.5mまで近づきました。すごいでしょう。海外中継の黒字化とかはあまりにも遠すぎたので、目指す気にもなりませんでした。
加藤 まさにこの本のタイトル、『ルールを変える思考法』ですね(笑)。
川上 そうそう、オバマに近づくってゲームには勝ったってことです。成功です。そうしたら、みんなやる気が出るじゃないですか。まあ、ほんとにその目標で正しいのかという疑問は置いといてね。
加藤 僕、前回のニコニコ超会議にうかがって感動したのが、一人で来ている人も楽しそうで、みんなでつながっている感じがしたことです。ニコ動のサイトを家で観ている雰囲気が、会場でも保たれていました。それって、意図して企画していたんですか?
川上 意図はしてますね。こういう言い方すると語弊があるんですけど、僕らは出会い系サイトをつくりたいんですよ。
加藤 えっ、ニコニコって出会い系だったんですか。
川上 出会い系サイトが批判されるのは、金を持っている大人が若い子を買い漁ったりして不健全だからですよね。同世代の若い子同士が出会う機会をつくるのは、何の問題もない。僕らはネット民の出会い系サイトをつくりたいんです。
加藤 すばらしいですね。
川上 でしょ? 日本の出生率とか、もう1.5人を割ってますよね。そういうことを考えると、ネットばかりやって引きこもっている人たちが出会える場所をつくるのは、社会的に大事なことだと思ってるんです。
加藤 なるほど。では、あの会場でみんなが交流するための仕組みなんかも用意してたんですか?
川上 いや、交流の前に、まず人に慣れることから始めないといけない人もいるので(笑)。そこは自然にまかせています。実際にアンケートを取ると若い子って、人生はじめてのライブがニコニコの歌い手のライブだった、っていう人もけっこう多いんですよ。
加藤 ニコニコって、オタクな人も観ているしそうでない人も観ている、非常にユーザーの幅が広いサービスですよね。僕がやっている会社のインターンの学生なんかも、中学生くらいからニコニコを見ていたという子がいます。
川上 若い子はそのあたりの境界線があまりないですよね。サービスをやっていてうれしいことのひとつは、親戚とか女子高生とか、仕事に関係ない人から自分がつくったサービスの話を聞くこと。僕は、それを一つの目標にしているんです。着メロのときはそこまでいくのに1年くらいかかったんですけど、ニコニコ動画の場合は1ヶ月で起こったんですよ。
加藤 おおー。
川上 しかもその相手が、エイベックスの人だったんです。「ニコニコ動画っていう、めちゃめちゃおもしろいサイトがあるよ!」って。
加藤 それはだいぶ文化の違うところから言及がありましたね。
川上 そう、いわば対極にいる人から言われたので、このサービスはうまくいったなと思いました。
(次回へ続く)
構成:崎谷実穂