真剣師 小池重明(団鬼六)後編

官能小説家・団鬼六が稀代のアマチュア将棋の生涯を描いた『真剣師 小池重明』(幻冬舎アウトロー文庫)評、後編です。「文学」と「将棋」の正当として、あまり評価されることがなかった団鬼六と小池重明。本書を名著足らしめているのは、そんなふたりだから持っていたある共通性でした。団鬼六は小池重明の人生に何を見出したのか。finalventさんが迫ります。

「普通」の枠に嵌めようとするたび起こる不調和

真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)
真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)

 団鬼六が『真剣師 小池重明』に描いた小池という他者は、「棋士としての小池」や「無頼の小池」といった枠には嵌まらない。団は小池という人間の奥にある微妙な揺れのようなものも感受している。なかでも、小池が駆け落ちし、娘を成すまでの仲となった14歳年上の妻・愛子との関係への視線が独自である。

 当時小池は22歳くらい。愛子は36歳くらいだろう。愛子との間で一度娘を死産させたが、その後また娘ができた。小池にもそれなりに幸せだった時期があった。端からの生活破綻者というのではなく、「人間のくず」でもなかった。団の筆致には、小池を救済しようとするような意図はないものの、どこかしら人間の究極の地平で赦そうとする何かが見える。

 改めて言うまでもないことかもしれないが、他者として小池を描きながら、団は、小池のなかに自分自身を見ている。さらに団自身の父の姿も見ている。団の父もまた博打や投機に入れ込んでは家族に迷惑をかけた人だった。団自身も博打や投機に入れ込んだこともあった。エロ作家をやめてアマ将棋に入れ込み全財産を失ったものもその一端である。そうでありながら彼はまた、自分と小池の差や自分と父親の差をどこか冷ややかに見ていた。彼は、破滅型の人間の中に、極めて普通の生と性への感性を得ることで、人間というものを愛していたと言っていい。その密かで臆病な愛情が彼を表向きの文学から遠ざけていたのかもしれないし、前妻との関係を複雑にしていたのかもしれない。

 団は小池重明という異能の棋士を描いたが、その姿は、団の生涯を描いた大崎善生の著書『赦す人』(新潮社)にも重なってくる。団鬼六はしばしば、『快楽なくして何が人生』(幻冬舎新書)や『我、老いてなお快楽を求めん』(講談社)といったエッセイの表題が暗示するように、人間の欲望や快楽を忠実に追求した人のように見られる。だが、大崎が描く、等身大に近い団の姿には、妻や息子や娘との関係のなかで、極めて普通の生と性への細やかな感性が示されている。1984年、53歳のときに前妻と離婚し、間を置かず、14年間に及ぶ愛人関係にあった歌手・宮本安紀子(黒岩安紀子)と再婚した。安紀子は39歳だった。まだ30代だったとはいえ若い女性という年齢ではない。そして彼女は42歳のとき初産をする。団は55歳である。54歳の男が41歳の女を慈しんで抱く光景は、団のエロ作品からは想像しがたい。

 小池も団もその内心はごく普通の人間であったと言いたいわけではない。そうではなく、ありがちな構図のなかに、異能の棋士や異端の作家として押し込めようとしても、彼らの人間性がはみ出てくることが不思議に思えるのだ。

団鬼六に改編作品が多い理由

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