第七講 面倒くさい細部を描こう

美術やデザイン、建築などの世界でしばしば語られる「神は細部に宿る」という言葉があります。これは文章でもまったく同じことで、たしかに文章に生命を与える(つまりリアリティを獲得する)ためには、細部の描写が欠かせません。今回はなぜ細部を描くのか、どうやって細部を描くのか、考えていきましょう。(『20歳の自分に受けさせたい文章講義』より加筆・修正)

原作と映画、どっちから入るべきか?

 本好きの人、また映画好きの人たちがくり返す議論に「原作から読むべきか、映画から観るべきか」というものがあります。
 たとえば、映画の『桐島、部活やめるってよ』が評判になっているとき、原作小説を読んでから映画を観たほうがいいのか、それとも映画を先に観て、おもしろければ原作小説にも手を伸ばせばいいのか、といった話です。
 このとき、多くの人はストーリーに注目します。原作小説なり映画なりに先に触れて結末を知ってしまうことによって、もう一方を観る(読む)楽しみが奪われてしまうのではないか。これは誰もが考える問題でしょう。
 しかし、僕はここでもうひとつ議論されるべきテーマがあると思っています。それは「視覚」をめぐる問題です。

 本を読むとき、または文章を読むとき、読者は「視覚」という重要な感覚を失ったまま、その世界に足を踏み入れていくことになります。
 登場人物の顔も見えないし、部屋に置かれたソファも見えない。どんな服を着て、どんな人が行き交う街を歩いているのか、最終的にはわからない。それが文章というものです。どんなに優れた書き手がいて、どんなに優れた読者がいようと、この罠から逃れることはできません。
 たとえば『ノルウェイの森』の直子がどんな顔をしているのか、100パーセントの自信を持って「こうだ」と断言できる人などひとりもいないでしょう。

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文章ってそういうことだったのか講義

古賀史健

「話せるのに書けない!」を解消してくれる新書として話題となった『20歳の自分に受けさせたい文章講義』。著者の古賀史健さんが、cakes読者のために、そのエッセンスを抜き出したダイジェスト版の文章講義をお届けします。

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