第5回】数字から見えてくる アップルの桁はずれ経営

1998年1月、米サンフランシスコで開かれたアップル製品の祭典「マックワールド」の基調講演のこと。前年にアップルに復帰したスティーブ・ジョブズは壇上でプレゼンテーションの締めに入ると、「ワン・モア・シング(あともう一つ)」という決めぜりふに続けて、こう口にした。「そうだ、僕らはもうけなきゃいけないね」。あれから15年──。アップルは世界トップクラスの利益をたたき出す企業に化けた。

販売効率、在庫・原価管理
盤石の足腰が利益を生む

 今のアップルからすれば、想像もできない光景だった。

 1998年1月、米サンフランシスコで開かれたアップル製品の祭典「マックワールド」の基調講演のこと。当時の記録によると、前年にアップルに復帰したスティーブ・ジョブズは壇上でプレゼンテーションの締めに入ると、「ワン・モア・シング(あともう一つ)」という決めぜりふに続けて、こう口にした。

 「そうだ、僕らはもうけなきゃいけないね」

 当時、アップルは沈みゆく船のへさきだけが、海面からのぞいているような状態だった。前年度の決算では売上高は過去最悪となる10.4億ドル(約1230億円)を計上し、利益率は▲14%を下回った。魅力的な商品や、素晴らしいサービスどころか、とにかくカネがなかったのだ。

 あれから15年──。アップルは世界トップクラスの利益をたたき出す企業に化けた。

 アップルは2002年から、実に11年連続で過去最高の純利益を記録している(今期を含む)。直近1年間(11年7月~12年6月)なら、純利益は3兆1553億円と驚異的な数字を達成している。

 これは米国の大手IT企業5社と比較してもダントツの1位。競合のグーグル(8735億円)の4倍近くを稼ぎ、2位のマイクロソフト(1兆3239億円)と3位のIBM(1兆2769億円)を足してもまだ足りない。日本の家電メーカーで比較できる企業はもはや存在しない(図2‐1参照)。

 なぜ、どうして、こんなにもうかるのか。「数字」を切り口に、アップルの実像に迫った。

小売り

 謎を解くヒントは、まず世界に380店を展開する直営店「アップルストア」にある。

アップルは2001年の1号店オープン以来、世界12カ国で380店を展開。平均来客数は1日100万人を超える

 主に都会の一等地にあるアップルストアには高い費用がかかっている。特注品のガラスを多く取り入れて、大阪の心斎橋店では「ガラスのらせん階段だけで1億円かかった」(元アップル幹部)。内装や家具にもこだわり、一見利益を圧迫する話に聞こえる。しかしこれが実は、利益を守る戦略につながっているのだ。

 まずアップルストアの店舗床面積1平方フィート(30センチメートル四方)当たりの年間売上高は圧倒的で、4406ドル(約35万円)に上る。ジュエリー大手のティファニーの3070ドル(約24万円)や、高級皮革メーカーのコーチの1776ドル(約14万円)をはるかにしのぐ(米投資会社Needham調べ)。

 さらに図2‐2は、一般の家電メーカーとアップルの流通経路を比較したものだ。国内メーカーの多くが系列販売会社などに流通を任せており、多くが家電量販店のルートに乗って顧客の手元に届く。ポイントは2点。寡占化が進む大手量販店の立場が強いため、流通マージンで「商品によっては1~3割」(流通関係者)という利益を奪われること、そして値崩れのスピードが速いことだ。

 そこでアップルは直営店の強い集客力をもって、大手量販店に強烈なプレッシャーをかけている。

 「どうしてもアップルの商品を扱いたいとお願いしても、なかなか商品を回してくれない」

 ある家電量販大手の幹部は、厳しい交渉の実態を明かす。

 「とにかくプレミアムイメージを守るため、地方の店舗で売るのをとても嫌う。仕入れても、店舗間のアップル製品の融通や、独自の値引きは許されない」

 アップルの意向に沿わないと、仕入れが滞るリスクがあるという。

 国内最大手のヤマダ電機ですら、「iPadなどは売価の90%以上で仕入れるケースもあり、ほぼもうけはない」(業界関係者)という。つまり他メーカーの流通コストの部分を、アップルはブランド力によって独占しているのだ。

 家電量販店は利益率の高いiPhone用のケースや保護フィルムなどアクセサリー類を売ることで、アップル製品の利幅の薄さをカバーしているのが実態だ。

 アップルに詳しいテクノロジージャーナリストの大谷和利氏によると、家電量販店などはアップルと「認定小売店契約」を結ばなければならない。契約書にはリアルタイムで販売台数をアップルに報告する義務が書かれている。

 これがアップルの在庫管理やサプライチェーンといった中枢システムにつながっていく。

在庫

 アップルがどん底にあった95年、同社の年間売上高に対する在庫は58.5日分まで積み上がっていた(図2‐3参照)。

 まるでミルクとパンのように賞味期限が早いパソコン業界にあって、在庫は業績悪化の元凶だった。倉庫を占拠することで失う利益は、年間5億ドル相当だったという。

 ジョブズがまず手を付けたのが、在庫を徹底して削減することだった。アップルは何も失うものがなかった。まずは取引先を厳しい納期を守れるサプライヤーだけに絞り込み、19カ所あった倉庫のうち、10カ所をまもなく閉鎖した。

 98年に登場するのが、現在のCEOを務めるティム・クックだ。コンパックから転職してきた彼は、ジョブズの復活劇を支えたブレーンの一人で、在庫とサプライチェーン管理の達人だった。

1998年にジョブズと出会ったクックは、強固なサプライチェーンを徹底的に築いて社長の座に就いた

 商品ラインアップの大幅縮小の影響もあり、同年の売上高は半減。しかし、同時に在庫日数はわずか4.7日まで劇的に改善したことも見逃せない。すでに電子手帳のニュートン、プリンタ、サーバなどの非中核事業からは次々と手を引いていた。

 在庫管理は業績が上がってからも手を緩めなかった。07年のiPhone登場で売上高は倍々ゲームで伸びるが、在庫日数はさらに改善。11年にはわずか2.6日まで絞り込むことに成功した。

 「アップルストアの店頭に並んでいる他に、ほとんど自社在庫を持っていないのでは」(アナリスト)といわれるほど、驚異的な在庫日数のレベルを保っている。

 製造業では通常、1カ月ほどが適正在庫といわれる。なぜここまで絞れるのか。

 それは在庫管理と同時に、自社工場によるものづくりを捨てて、徹底的なサプライチェーン改革にも取り組んできたからだ。

 かつてのアップルは自社工場で生産することを誇っていた。「僕の工場では20秒に1台、最新のパソコンが作れる」。若き日のジョブズは、いい商品さえ作れば皆が買ってくれると思い込んでいた。初期のマッキントッシュでも、ジョブズがアップルを追放された後に設立したネクスト社でも、最新設備を自社工場に導入した。

 ところがジョブズは、アップル復帰後はそうした考えを大胆に改め、米カリフォルニア州やシンガポール、アイルランドにあった工場での生産を中止。台湾に本社を持つEMS(電子機器受託製造サービス)の世界最大手、鴻海(ホンハイ)グループに生産は任せて、ハードウエアは企画と技術開発、設計に専念した。

 このような外部サービスと高度に連携することで、アップルは常に世界最高の加工・製造技術を低コストで利用できるようになっていった。事実、中国全土に工場を持つ鴻海グループは、アップルから部品価格の約5%で製造を請け負い、3%を中国人労働者の人件費に、残りの2%が利益の源泉になっている。

 ところがアップルは、工場を抱えるリスクを極小に抑えることで、売上高の30%近い最終利益を「総取り」しているのである。

復帰後のジョブズは、長く続けることのできる会社組織のあり方を模索していた

原価

 巨大な購買力も見逃せない。アップルはあえて少品種大量生産をすることで、部品の共通化を徹底している。主力製品であるiPhoneとiPadには、多くの共通部品が使われており、サプライヤーも多くが共通している。

 調査会社IHSアイサプライによると、最新のiPhone5(32ギガバイト版)は製造原価と組み立て費用を合わせて217ドルで、原価率はわずか29%だ(図2‐4参照)。高精細なタッチスクリーン式の液晶ディスプレイ(44ドル)、通信用の半導体チップ(34ドル)やカメラ(18ドル)などが大きな調達コストを占めるが、どれも世界最大級のメーカーに桁はずれの発注をすることでコストを削る。

 そしてiPhoneはモデルチェンジの際に旧モデルを廉価版として値下げできる余力を持たせつつ、iPadではあえて粗利率を50%まで落としながら、1社で世界の6割近いシェアを奪った。アップルが製品ごとに利益率を操って競争力を維持していることがわかる。

 iPhoneやiPadなど、限られた少品種を大量生産するビジネスモデルは、同社の効率的な研究開発費にも反映している。アップルが製品開発などにつぎ込む金額は、売上高に対してわずか2.2%でしかない(図2‐5参照)。マイクロソフトやグーグルが軒並み十数パーセントであることからして、同社がいかにコア技術に特化して投資しているかがわかる。

 一方で、圧倒的な競争力がある企業は買収も辞さない。iPhoneの開発に当たって、複数の指でタッチスクリーンを操る技術を持っていたフィンガーワークス社や、近年では音声認識技術を持つSiri社を買収。プラスチック並みに金属を自由に加工できる「リキッドメタル」の排他的使用権も獲得している。

 「会社自体が最高のイノベーションになることもあるとわかったんだ」と生前のジョブズは言った。アップルはジョブズの死後なお、その成長を止めていない。

取材協力
大谷和利/1958年東京都生まれ。テクノロジージャーナリストとして雑誌や専門誌で執筆。アップルへの取材歴も長く、近著に『アップルの株』(アスキー新書)。

Photo:Getty Images

週刊ダイヤモンド

この連載について

日本を呑み込むアップルの正体【2】~アップルの驚異の経営力を読み解く

週刊ダイヤモンド

アップルの強さは創業者・スティーブ・ジョブズの類まれなる感性と共に語られがちだが、重要なのは、その強さが見事に組織の力となっているところ。企業としてのアップルの強さの秘密を探る。※この連載は、2012年10月6日号に掲載された特集を再...もっと読む

関連記事

関連キーワード