この国の夢と絶望について

人気作家・橘玲さんが、この国で夢を持つとはいかなることなのかを論じます。長引くデフレのもと、日本の若者はどんどん内向きになっている……のか? 冴え渡る洞察をぜひお読みください。

私たちの夢はどこに?

『(日本人)』(幻冬舎)を書いていてつくづく思ったのは、「日本」について夢を語るのは難しい、ということだった。

かつて村上龍は、「この国には何でもある。だが、希望だけがない」と書いた(『希望の国のエクソダス』文春文庫)。「来年は今年よりもよい年になると思いますか?」という質問を世界各国ですると、最高の国はベトナムで、9割ちかくが「未来は明るい」と回答する。それに対して、最低の日本は3割にも達しない。

1990年にバブルが崩壊したとき、多くの日本人はこれが一時的な景気後退だと考え、官僚も企業も、株や不動産を含み損のまま抱えておけばそのうち問題は解決すると信じていた。当時の大蔵官僚は市場を意のままに動かせると確信していたので、「日銀に公定歩合を下げさせれば地価も株価もすぐに上がる」と自信満々に語っていた。

こうした根拠のない楽観論は、深刻になる一方の不良債権問題や相次ぐ官僚の不祥事で徐々に揺らいでくるのだが、決定的な転機となったのは1997年の大規模な金融危機だった。日本の大手金融機関はこれまで大蔵省(現財務省)の護送船団方式で守られていると信じられていたから、北海道拓殖銀行、山一證券、日本長期信用銀行、日本債権信用銀行などが次々と破綻するのを目の当たりにするのは、価値観が崩壊するほどのショックだった。「市場の暴走」の前に国家はあまりにも無力で、“無謬”とされた官僚は何の役にも立たなかったのだ。

倒産の恐怖は、金融機関から製造業などの大企業にも伝染していく。日本企業は先を争うようにこれまでタブーとされてきたリストラに踏み切り、3パーセント台だった失業率は1998年に4パーセント、2001年には5パーセントを超えた。それにともなって中高年の男性の自殺が急増し、現在まで累計で死者10万人を超える「見えない大災害」が引き起こされたことは『大震災の後で人生について語るということ』(講談社)で書いた。

日本経済の低迷は国内市場が縮小しているからで、長引くデフレが最大の問題だということで識者の意見は一致している。そこから先は喧々諤々の争いがあるとしても、事実として、日本が人類史上未曾有の少子高齢社会に入りつつあることと、社会保障費が際限なく膨張していることは疑いようがない。

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橘玲

著書『(日本人)』で、これまでの日本人論とは全く異なる視点を示した橘玲さん。その橘さんが、今の日本を眺めて思うこととは?

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